(2)安全在庫の確保

事業がいったん中断した場合、その再開には一定の時間が必要になる。その間、自社の供給責任を果たす観点から、出荷前の完成品在庫を積み増しておくべきとする議論がある。また、サプライヤーからの供給が中断した場合を考えると、原材料などの在庫を準備しておくことも事業中断を防ぐための方策の1つといえる。

しかし、在庫を事業所の周辺に保管している場合、これらが同時被災することもある。このような場合、在庫の片付けに手間と時間がかかり、逆効果に働くこともある。

また、事業中断が長期化した場合にまで想定した在庫を保有することは、品質面やコスト面の問題がある。このような対策は、製薬業や石油業など事業中断により直ちに国民の生命身体に影響を及ぼす恐れがあるごく限られた業界でのみ実施が検討されうる。

(3)被害抑制対策の高度化

何らかの事象が発生しても、自社施設や従業員に影響が生じないよう、個別の事象ごとにハード面の対策に取組む事例は増えている。

しかし、これらは、対策費用が高額になりがちであり、実施をためらう企業も少なくない。

(4)調達先管理の徹底

サプライヤーに調達先の一覧表を提出させ、自社のサプライチェーンを完全に可視化するとともに、サプライヤーに供給中断対策をもとめる動きも一部の業界で見られる。確かに、調達先が可視化されていれば、緊急時の初動対応に有用であろう。

しかし、過去の原材料供給停止の事例を精査していくと、部品表(Bill of Materials:BOM)に掲載されていない染料や溶剤、あるいは生産工程で使用する道具(一例を挙げればマスクや軍手等)が不足したために、生産に影響が生じたという事例もある。このような汎用品まで調達先を可視化することは容易ではない。

また、サプライヤーの立場からすれば、調達構造を完全に明らかにするということは利益構造もまた可視化されることになりかねない。このため、サプライヤーからの協力を得ることにも困難が伴う。更に、日々の業務の中で、調達先を柔軟に見直す取組みが一般的な業界では、調達先の一覧を提出させる対応は現実的ではない。

(5)汎用品、標準品の採用

東日本大震災をきっかけに、代替が利かないような専用品、特注品を使っていることが、サプライチェーン中断の原因になりうることに注目が集まった。これを受けて、サプライヤーからの原材料供給が停止した場合でも他の調達先を見出しやすい、より汎用的、標準的な部品を日ごろから採用すべきとする考え方が盛んに喧伝された。

しかし、過去の事業中断事例からは、汎用品、標準品でも市場からの調達が困難になる場合は決して珍しくないことがわかる。また、汎用品、標準品の使用を重んじるばかり、品質を損なうようなことがあっては、競争力を弱める結果となり、事業中断への対策として適切ではない。

今後の事業中断対策の基本的な考え方

今後、企業が事業中断対策を考えるにあたって、重要と考える視点を以下に示す。

(1)競争力の維持・向上につながる事業中断対策を検討するべき

東京大学ものづくり経営研究センターの藤本隆宏教授は、「サプライチェーンの競争力と頑健性」(東京大学ものづくり経営研究センターディスカッションペーパー354号)の中で、「日々展開するグローバル競争への対応力を犠牲にして、震災対策の生産システム改変のみを独走させても、結果はおそらく競争劣位の顕在化であり、次の大災害の前に企業や現場の存続そのものが危機に瀕する、と我々は考えるべきである」としたうえで、「広域大災害時において、被災サプライチェーンの復旧あるいは代替供給確保に要する期間の目標を定め、サプライチェーン全体でその目標に関するコンセンサスを持った上で、それを前提にしつつも、サプライチェーンの能力構築の主眼は、あくまでも長期的な国際競争力の維持強化に置くのである」として、競争力を損ないかねない近視眼的な対策を戒めている。確かに、事業中断対策を重視するあまり、競争力が大きく損なわれては本末転倒である。

(2)事業中断を前提とした対策を進めるべき

事業中断を完全に防ぐことは大変難しい以上、それが発生することを前提とした対策を取るべきである。この対策をより細かい手順に分ければ、原因となる事象の日ごろからの監視と早期検知、影響範囲の確認と情報連絡、その除去と縮小、通常体制への復帰といった流れになる。