ある専門家によれば、「マニキュア落とし(除光液)の中にはアセトンが入っており、白髪染めの中に過酸化水素が入っている。マニキュア落としと白髪染めを大量に購入して、自動車のバッテリーから硫酸を取り出せば過酸化アセトン爆弾ができる」という。この爆弾作成法は、既にインターネット上に拡散しており簡単に検索できる。今や情報管理は困難だ。

イタズラでも大きな混乱

CBRNEは、その危険性が故に実際にその兵器を使わなくても組織や地域を混乱に陥れることができる。CBRNの専門誌として知られるCBRNe WORLD編集長のGwyn Winfield氏によれば、白い粉が、会社に送られてきただけで、大きな損害につながったケースもある。以下はGwyn Winfield氏からの報告である。

「ホン・ミン・トラン氏を知っているだろうか。トランは、500通以上の白い粉の手紙を送ったテロリストとして知られている。6年以上にわたり送り続けた。このような“白い粉事案”は、2001年の炭疽菌レターに端を発して、その恐怖は半端ではなく、人々は奇妙な白い粉を見るや否や、当局に電話した。当局としても、その地域を閉鎖して関係者を除染し、分析のためにサンプルをラボに送らねばならない。結果が出るまでは、そのオフィスは閉鎖となる。この事件を受け、模倣犯たちが白い粉を送り始めた。人々が警察に連絡してチェックを受けるのがわかっていたからである。このような白い粉事案の対象になったのは、銀行から結婚式まで幅広い。連邦政府から地方の消防、ビジネスに至るまで、このコストは膨大であった。損害の総額を推定するのは難しいが、世界規模での損害は、恐らく10億ドルではきかないだろう。

こんな事件があったからか、ある企業では深刻な事件が起きた。会社員Aはいつも遅刻している。再三の注意にもかかわらずである。結局は首になった。そこでこの社員Aは、白い粉満載の小包が会社に届くように図った。会社員Bは、小包を開けた。白い粉が飛び散り、同封の手紙には、これはIS(イスラム国)からで、粉は炭疽菌だぞと書かれていた。Bは警察を呼び、警察は、全員オフィスを出て別の部屋で待機するように命じた。警察はサンプルを取り調べたが、結果が灰色であったため、全員を除染し、ラボ(研究室)での最終結果が出るまで自宅待機を命じた。3日後に、サンプルはよくある妨害物質(検知器には、有害物質と出てくる)と判明し、仕事は再開された。ラボでのコストは大きく、サンプルをダブルチェックし、超勤や増員を必要とした。警察はラボの費用を負担せざるを得ず、時間まで空費した。 

この会社はわずかな期間ではあったが、BCP(事業継続計画)を発動するまでには至らなかったものの、閉鎖によって多くの損害を出してしまった。会社員は、月初めにお金が入らず、銀行への支払いの手数料も含めるとかなりの損害が出た。誰も病気になったりはしなかったが、誰もが金銭的な損害を受けてしまったのだ」。

五輪におけるCBRNEの可能性

CBRNEが今後起きやすい事案としてGwyn氏が最も懸念するのがオリンピックのような大規模イベントだ。リオ五輪は無事閉幕したが、2020年の東京五輪は日本が標的になる可能性は否定できない。

オリンピックのように、大注目されるイベントにあっては、メディアの関心を引くと同時に、危ない人々も関心を持つ。犯罪者やテロリストにとっては、文化的、財政的に価値の高い人々を襲うことは常に魅力的である。まして、世界のメディアが注目している中でやれるとなれば、最高であろう。サッカーの大会、FIFAワールドカップやUEFA欧州カップのようなものも魅力だが、オリンピックに勝るものはない。過去のテロ攻撃に順番をつけるような試みがあるとすれば、ミュンヘン五輪での出来事(イスラエルのアスリート11人が選手村で殺された殺人事件)がトップに来るであろう。どんなスポーツチームよりも、ナショナルチームの誇りと存在は標的となる。Gwyn氏は、「その国の希望と夢を打ち砕いてやりたいというのは、テロ集団の根源的な欲求である」とする。その中でも、一番特別なイベントは、やはりオリンピックであるのだと。

テロと災害から身を守る

では、日本は、これからどうCBRNに立ち向かえばいいのだろうか。元陸上自衛隊化学学校副校長の濱田昌彦氏は、20年前の地下鉄サリン事件を次のように振り返る。

「地下鉄サリン事件の時の写真を見てみますと、消防署員、駅員、警察の方がいますが、ほとんど皆マスクを装着していません。何か起きているのかわからないためです。私の先輩の自衛隊員が霞が関の現場に駆け付けた時、除染のために駅の構内に入っていったのですが、マスクをつけていない警察官が一緒について来
ようとしたそうです。その先輩はすぐ警察を避難させました。そのぐらい何が起きているかわからない状態だったのです」。

対応にあたるファーストレスポンダー(警察や消防、医療関係者ら)に求められる対策の基本はまず自分の身を守ることだ。そのためには個人用保護具(PPE:Personal Protective Equipment)を必要な場面で正しく使用できるようにしなくてはならない。

PPEは、適切な耐性のあるものを正しく着用するという物理的な要素と技術的な要素に加え、人体および心理面への負荷も考えておく必要がある。防護スーツは、レベルA~レベルDの防護措置のレベルに応じて、例えばレベルAなら、陽圧式で自給式空気呼吸器を備えた「宇宙服」タイプ、レベルDなら、化学剤・生物剤に対して防護する服を着装せず、消防活動を実施する必要最低限の作業服というように決まっている。当然、レベルに応じて活動できる範囲も変わってくるが、防護性が高いほど、隊員が耐える身体的な負荷は大きくなる。専門家によれば、気密スーツでは30分が限界とも言われる。これは、中の空気ボンベ容量とも比例する。さらに、熱負荷にも耐えなくてはならない。