5月の上陸台風――5月の気象災害――
特異な振る舞いに注意が必要

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2023/05/24
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
1965(昭和40)年5月20日15時にカロリン諸島で発生した熱帯低気圧は、西北西に進みながら発達し、22日21時にはフィリピンの東海上で台風第6号となった。この台風は、23日から24日にかけてルソン島に最も近づいた後、25日には針路を北東に変え、26日朝には沖縄の南海上に達し、中心気圧980ヘクトパスカル、最大風速30メートル/秒の勢力を示し、時速30キロメートルで北東へ進んでいた。その時点では、台風は28日頃に伊豆諸島付近を通過して、日本の東へ進むと見られていた。
ところが、この台風はその後、針路をやや北寄りに変えるとともに、見る見る加速し、しかも勢力をやや強めて、27日朝には東海道沖に進み、11時頃には東京湾に侵入し、あれよあれよという間に千葉県(房総半島)に上陸してしまった。これは、気象庁の台風統計では、1956(昭和31)年台風第3号(4月25日鹿児島県上陸)に次いで、史上2番目に早い上陸台風である。上陸直前の台風の移動速度は、時速約80キロメートルに達していた。
この台風と、本州南岸の前線による大雨により、死者・行方不明者18人、負傷者16人、浸水家屋3万8811棟、道路損壊290カ所、山崩れ539カ所などの被害があった。今回は、台風シーズン前の5月に日本列島を急襲する台風について述べる。
台風の月別平年値を表1に示す。発生数、接近数、上陸数のどれをとっても、8月から9月にかけてピークになっている。その前後月を含めた7月~10月を台風シーズンと言ってもよいだろう。5月に発生する台風はまだ少ない。1月~5月の各月の発生数の平年値を合計すると2.5になるから、5月に発生する台風は第2号か第3号くらいが普通のペースだ。今年(2023年)は、本稿を執筆中の5月20日に、カロリン諸島で台風第2号が発生した。
5月の台風接近数の平年値は0.7で、これは接近する台風が現れる年もあれば、現れない年もある、というぐらいの数字だ。ここで「接近」とは、台風の中心が国内のいずれかの気象官署から300キロメートル以内に入ることをいう。台風の上陸数となると、5月の平年値は0.0で、これは平年値の計算対象となる30年間(1991~2020)の5月に上陸した台風が1個だけ存在したことを意味する(0個ならば平年値は作られず、2~4個ならば平年値は0.1となる)。
図1は、1951年以降の5月に発生したすべての台風の経路を、地図上に重ね書きしたものである。この図から、5月の台風は北緯20度付近で進行方向を北東に変える(転向という)ものが多いことが分かる。日本の四大島(本州・北海道・九州・四国)の陸地に達して、気象庁の定義する上陸台風となったものは2例しかないが、南西諸島や小笠原諸島、伊豆諸島は台風の通り道になっている。
図2は、「台風の月別の主な経路」として、気象庁ホームページに載っている図である。本連載2021年11月の掲載記事「おくて台風」でもこの図を引用した。この図に5月の経路が記入されていないのは、5月に台風の発生が少ないからかもしれないが、5月の台風発生数の平年値は、表1に示されているとおり、12月と同じく1.0個である。図2に5月の台風経路を記入するとすれば、11月の破線の経路を少し西へ寄せたようなものになるのではないか。北緯20度付近で転向して北東へ進むのが5月の主な経路であり、転向せずに西へ進むものは少ない。
台風は毎年、発生順に第1号から順に番号がつけられる。さらに、業務的・国際的には、西暦年の下2桁を冠した4桁の番号で識別される。2023年の台風第2号は2302号であり、本連載で2021年11月にとりあげた「おくて台風」は9028号であり、今回とりあげる史上2番目に早い上陸台風は6506号である。
1965年当時、中学生であった筆者は、将来予報官になることを目指し、NHKラジオの気象通報を聞いて天気図を描くことを日課としていた。図3は、筆者が当時描いた5月26日正午の天気図である。この時、ラジオの気象通報で読み上げられた「全国天気概況」は次のようであった。
上の文面では、最初に低気圧のことを述べており、台風は二の次になっている。つまり、台風の上陸は想定されておらず、緊張感に欠ける概況文になっている。当時の台風進路予報は、現在の予報円方式と異なり、24時間先までの進路の幅と予想位置を扇形で示すものであった。筆者がラジオ放送を聞いて図3に記入した予想扇形によれば、24時間後の予想位置は四国のはるか南方で、台風の加速はまったく想定されていなかった。
ところが、24時間後の27日正午の天気図(図4)を見ると、台風が関東にまで進んでしまった。前日の天気図(図3)の予想扇形を見て、台風が関東地方に最も接近するのは翌々日(28日)で、しかも伊豆諸島近海を通過するものと思い込んだ人は少なくなかったであろう。それが、翌日(27日)には関東付近に到達し、しかも上陸したのだから、不意討ちを食らったという印象が強かった。中学生であった筆者も、こんなことがあるのかと驚いたことを覚えている。
なお、図4では台風の中心から前線が描かれているが、台風はまだ温帯低気圧に変わっておらず、筆者が聞いた気象通報でも台風として報じられていた。気象庁の公式記録では、この台風が温帯低気圧に変わったのは27日21時とされている。
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