昨年2月、台湾近海の光海底ケーブルが相次いで損傷し、通信障害が発生した。中国の船舶が関与しているとの見方も報じられ、有事の際に通信を遮断される恐れが指摘されている。ケーブル切断事例は近年増加し、国際的にも安全保障上の懸念が高まっている。
 そうしたリスクを回避できるルートとして、注目されているのが北極海だ。温暖化による海氷縮小で、世界初となる北極海経由の光海底ケーブル敷設が現実味を帯びている。日本と欧州間の通信速度向上も期待され、国際通信を取り巻く環境が変わろうとしている。

 ◇ロシア近海避ける
 北極海ケーブルは、ロシアや北欧を中心に2010年ごろから検討されてきた。北海道大の山本強名誉教授は「海氷減少で北極海沿岸航路が開通したことが背景」と指摘。ただ、資金不足やロシアのウクライナ侵攻などもあって、これまで実現した例はない。
 そうした中、日本と米アラスカ州、フィンランドの通信企業が22年に合弁会社を設立し、日欧を結ぶ北極海ケーブル敷設計画に乗り出した。ロシア近海を避け北米側を通るルートで、全長約1万5000キロ。日本側は関東地方と北海道に陸揚げする予定で、ルート調査が現在行われている。

 実現すれば通信速度は約30%上がり、映像中継や金融取引などの遅延縮小につながる。陸揚げ局の立地自治体には、データセンターなどのデジタル関連産業の集積も見込まれる。有力候補とされる北海道苫小牧市では、地域活性化に期待が高まっている。

 ◇安保上重要に
 世界中に張り巡らされた光海底ケーブルは、多くが太平洋や大西洋に集中している。こうした状況に、北海道大北極域研究センターのユハ・サウナワーラ准教授は「密集地はテロなどの標的になりやすい」と警鐘を鳴らす。
 業界団体「国際ケーブル保護委員会」によると、年100件超発生する損傷のうち第三者が故意に関わったとみられるのは約10%。サウナワーラ氏は「ここ数年で増加している印象」と語る。

 北大西洋条約機構(NATO)は今年5月、海底インフラの安全強化に関する会合を初開催。欧州連合(EU)欧州委員会も2月、ケーブルの安全保障について勧告を出し、対策強化を訴えた。サウナワーラ氏は、一度に全てのケーブルが被害を受けないよう「ルートの多様化がリスク回避につながる」とし、北極海ルートに期待する。

 ◇資金調達が課題
 一方、実現には懐疑的な声もある。特に関係者が口をそろえて指摘するのが資金調達の難しさだ。調査や敷設には多額の費用が必要だが、開通後の確実な需要予測ができず十分な投資が集まりづらいといい、ある関係者は「開通すれば需要は見込めると思うが、何しろ前例のない事業だ」と頭を抱えた。
 計画中の北極海ケーブルの総事業費は約1500億円を見込む。EUは資金提供に乗り出したが、日本政府の動きは鈍い。山本名誉教授は、実現すれば「日本が国際通信のハブとなり得る」と強調。「官民が連携することが重要だ」と訴えた。


 ▽ニュースワード「光海底ケーブル」
 光海底ケーブル 海底に敷設された光ファイバーを使った通信用ケーブル。情報を電気信号から光信号に変換し通信する。1989年に初めて太平洋を横断する光海底ケーブルが敷設され、90年代以降の国際通信の需要拡大によって増加した。
 米調査会社「テレジオグラフィー」によると、全世界で500本超が敷設されており、総延長は約140万キロ。米アルカテル・サブマリン・ネットワークス、仏サブコム、NECの3社で市場シェアの9割を占める。 

(ニュース提供元:時事通信社)