観光産業などに影響を与えた南海トラフ地震臨時情報(イメージ:写真AC)

危機コミュニケーションの誤りが招く社会混乱

危機コミュニケーションの大失策が発生した。大手マスコミはあまり批判的に報じないが、筆者視点では大失態と感じてしまった。ある意味、日本の危機管理における最大のウイークポイントにも思える事象なので、あえてその件に言及したい。それは、南海トラフ地震臨時情報にまつわる政府の対応であり、それを受けた周辺の反応である。

単なる政府批判をしたいわけではなく、失敗を論じることで、企業活動や個人の生活など身のまわりで生じ得るリスク対応の重要性をあらためて認識し、同様の失敗を起こさないだけでなく、社会にまん延するデマや誤情報に踊らされず、適切な行動姿勢を保つ基礎となる論理思考の育成につなげられればという思いである。

この件に関して、前提として掲げておきたいのが次の2点である。

・現在の科学技術では地震予知は困難
・日本は地震頻発国でありすべての地域で備えが必要不可欠

あたり前過ぎて誰も疑義を挟めないはずだが、前述の臨時情報によって、このあたり前が崩され、恐怖煽りにもなり、万が一の場合の責任回避思考とコロナ禍でも起きた同調圧力が再現され、社会生活への弊害が生じてしまった。その最後のとどめを打ったのが、岸田総理の中央アジア訪問予定の中止だと考えている。

このような解説、政府批判を大手メディアでは見かけないが、ある意味で同調圧力に拍車をかけるトリガーになったのに、このことを語らない、いや語れないのは、メディア自身が恐怖煽りによる視聴率獲得に傾倒しているゆえんではないだろうか。

普段どおり日常生活を送るよう発信されていたにもかかわらず混乱が発生(イメージ:写真AC)

この一連の情報発信で、夏休みを繁忙期とするレジャー産業は大打撃を受けた。それこそコロナ禍を彷彿させる開店休業状態、人出の少なさにつながったのであり、コロナ禍と異なるのは現時点で法的には経済的補償はできない構造になっていることである。

それはそうだろう。今回の臨時情報はあくまで日頃の備えを再点検することを促しただけであり、日常生活は継続し予定も変更する必要がないことが発信されていた。にもかかわらず、海水浴場を遊泳禁止にするなどの対応が個々の判断で行われたのだから、税金を投入した補償はできる論理がない。

しかし、岸田総理は日本にとって大きな外交的意義のある中央アジア歴訪をドタキャンしたのだ。一説では中止には別の理由があったとの憶測もあるが、表向きは万が一の地震災害発生を考慮してのことであり、これが国民には万が一に対する警報級のメッセージになってしまった。