知らねば門前払い

写真を拡大ロッチマン・ランダウ法律事務所パートナー弁護士 中田浩一郎氏

欧州での市場確保や世界的ブランドの地位確立を目指して、英国への進出を狙う企業は今も少なくはない。英国へ進出する企業が法的に気をつけるべき点を、ロッチマン・ランダウ法律事務所でパートナー弁護士として活躍する中田氏に聞いた。

中田氏が近年、日本企業に注意を呼び掛けているのが「移民・入国管理法の改正」と、「英国会社法の改正」、そして「雇用法の改正」の大きな3つの法改正だ。

■移民・入国管理法の改正
移民・入国管理法の改正は、英国人の雇用機会を確保することを最大の目的に、欧州連合以外からの経済的移住者の人数に制限を設けるというもの。中田氏によれば、そもそも英国には、インドから安い労働賃金のIT 技術者が大量に入り込み、それにより英国人労働者の失業が増えているといった指摘がかねてからあった。その対策として考え出した施策が、人数制限と移住労働者への所得制限だった。

英国への観光旅行や出張は、原則としてビザなしで入国することができる。が、英国で長期に働いたり、勉強したりするためにはビザの取得が必要になる。ビザには大きく第1階層ビザ(高度技能移住者、投資家、起業家、英国の大学を最近卒業したが身元保証人も雇用の申し込みもない者)と、第2階層ビザ(雇用主が身元保証人になっている技能労働者)の2種類があるが、英国政府はこれらの年間における申請者数を2011 年3月31 日までに5%削減することを決めた(主に削減の対象になるのは第2階層ビザ)。さらに、所得については年収4万ポンド(1ポンド135 円換算で540 万円)以上の収入があることを義務付けるという。つまり、現状1〜2万ポンドしか年収がないような国外からの技術者は移住させないねらいがある。

当然、日本企業においてもこの法は例外なく適用される。中田氏は「そもそも、こうしたイミグレーションの大きな流れを知らないと、進出を考えたとしても門前払いを食らうはめになる」と指摘する。人数制限、所得制限だけではない。第2階層ビザの取得には、高い英語スキルも課せられることになる。

結果として日本企業として考えられるのは次のような状況だ。
「若くて英語力がある社員を英国に送りこもうと思っても所得制限にひっかかってしまい、逆に、中堅クラス以上を管理職として送り込もうとすると英語力にひっかかってしまう」(中田氏)。英国への進出を考える際、第一関門としてクリアしなくてはいけない法律が、この移民・入国管理法と言える。

■英国会社法の改正
英国ではかつての「1985 年会社法」に変わり、「2006年会社法」が2009 年10 月より全面施行されている。これにより、会社の設立・運営からガバナンスの方法などでさまざまな新しい制度が導入された。

「英国会社法の改正のポイントはいくつがあるが、英国に進出を考える日本企業がまず知っておくべきことは、支店だとか駐在員事務所という定義がなくなり、英国事業所(UK establishment)に統一されたこと」(中田氏)。

改めて説明するまでもないが、駐在員事務所とは、外国でビジネスを行うにあたって、調査活動やマーケティング・リサーチを行うためのもの。ビジネス行為そのものは行わない。支店は、本社の手足のような存在で、ビジネスは行うが利益は本社のものになる。一方、子会社というのは、ビジネスにより得た利益を、その子会社の資産とすることができる。

当然、最も信用度が高いのは子会社で、次いで支店、その次が駐在員事務所という順番になるが、会社法の改正により、駐在員事務所とか支店というコンセプトがなくなったことで、2番目と3番目はフラットな関係になった。

理由は、こうした法的手続きを単純化することで、無駄な手間や費用をできるだけ省き、本業のビジネスそのものへ投資や労力を集中させるという明確な政策的裏付けがある。ただし、こうした規制緩和策も、法律の内容を知らなければ、逆に手続きの時間や費用が負担となると中田氏は強調する。

■雇用法の改正
3番目のポイントは、雇用法改正。中田氏によると、最近、議会を通過した重要な雇用立法に2010年平等法がある。性別、人種、障害、性的志向、宗教または信条、年齢に関する現在の差別禁止立法を統合したもので、多くの重要な法改正も含んでいるという。英国へ進出して人を雇う以上、無視することができない重要な法規則となる。

中田氏は、「英国人のスタッフを雇用している日本企業では、英国人従業員との間で雇用契約上の問題が発生することがしばしばある。日本人と英国人従業員の間に、文化的な相違に関する相互理解が足りないことが原因のケースが多いが、新聞でセンセイショナルに取り上げられた日本企業の労働事件などは、不当解雇や人種差別を理由とする場合が多い」とする。

平等法の根底にある考えは、「同じ人間が同じ価値を持っているとすれば、男だろうと女だろうと、若かろうと高齢者だろうと、人種が違おうと、差別されていい理由などないということ」(中田氏)。例えば年齢的差別の問題からいけば、高齢者だから雇用できないということは、差別に当たる。「年寄りだって能力ある人はいるし、若くても無能な人もいる。それを年齢で差別していいのか。実力で、仕事ができるかどうかで測るべき」(中田氏)。

今年4月から英国では定年制が撤廃される見通しだ。英国で法人格を持つ日本企業は、日本人の従業員に対しても、定年制を適用することができなくなる。

「あなたは20 歳だから雇うけど65 歳だから雇えないというのではフェアじゃない。体力の問題なら、2人を走らせて早い方が勝つのが当然。もちろん、前提にはアングロサクソン・キャピタリズムという“競争は是である”という哲学があるが、私はこの考えは正当で正しいと思う」(中田氏)。

中田氏は、こうした知識なくして、漫然と日本的な人事管理対応したとすると、そのペナルティは莫大な損害賠償請求という形になって帰ってくることになると指摘する。

中田氏にいつくか注意が必要なケースを挙げてもらった。

Attention!
きれいな受付嬢がいて、訪問者の中に、少しいやらしい話を持ち掛けて彼女を誘った人がいたとする。そこまではいいが、その現場を管理者が見ていて、見ぬふりをしたり、何とかしてくれと言われているのに何もしなかったとすると管理者責任が問われ、損害賠償請求を受ける可能性がある。

Attention!
遅刻・欠勤が多い社員がいたとする。「遅刻や欠勤が多い」と注意する分には許されるが、もし、その人にハンディキャップを持つ息子がいたとして、「毎日遅れてくるのは子どもがハンディキャップがあるからか」などと言ったとすると、アウト。平等法では、本人の問題にとどまらず「関係者型の差別」と言って、本人の家族を揶揄した場合も差別と見なされることになってきている。

Attention!
女性的な行為をする男性がいて「ホモ」という言葉を使って、からかったとする。かつての法律では、実際に「ホモ」でなければ性差別に当たらなかったが、平等法では「認識型の差別」といって、彼が仮に本当のホモでなくても性差別に当たる。「差別とは何かということをじっくり哲学として考えたときに、同じ人間同士なのだから、性であろうと、身体障害であろうと、年齢であろうと、人が嫌だということはやるなということ」(中田氏)。

Attention!
ホテルの清掃の仕事に応募した男性を、盗みを働きそうだからという理由で雇用しなかったとする。かつての差別禁止法の中では、黒人が雇用主を訴える際には、黒人だから差別されたのか、あるいは男だから差別されたのかを証明しなければならなかったが、平等法における「二重の差別」の規定では、黒人だからなのか、もしくは男だからか、どちらかの理由で差別されたのだろうというところまで証明されればいいということになった。

■人間の尊厳を守る社会
中田氏は「英国は限りなく人間の尊厳を守る社会。それはある意味で、ビジネスを行う経営者の立場からすれば不自由なこと。ただし、コンセプトとしては人権を守りながら利益を出そうということは正しいし、ヨーロッパはそれが実現できる豊かさがある。日本が、こうした国と対等に戦っていくには、同じ豊かさ、強さが求められるのかもしれないが、そもそも海外に進出し、さらに英語ができないというハンディを負う中においては、最低でも、大きな地雷は踏まないという法的なリスク管理をすべき」と話している。