今回は、国内4工場、全車種の生産(出荷)を停止するに至ったダイハツの不正問題を例に、内部通報制度の問題点や機能させるポイントなどについて解説します。
■事例:内部通報制度が機能しない
ダイハツ工業株式会社の「試験認証不正問題」について、昨年12月に第三者委員会による調査の結果をまとめた調査報告書が開示されました。報告書によれば、一連の不正問題は、内部通報によって発覚したのではなく、外部機関への通報が契機となって発覚したとの記載があります。
それを受けて、消費者庁が先日(1月19日)、公益通報者保護法に基づく内部通報制度の運用に不備があるとして、同社に対して改善を求める行政指導を行ったことを、大臣が記者会見にて発表しました。
具体的な不備の指摘として挙げたのは以下の点です。
① 事案調査の独立性や客観性を担保するため、事案に関係する者を調査などに関与させない措置がとられていない。
② 通報者に結果を通知する措置が十分にとられていない。
実は、ダイハツ工業では2002年度から「社員の声」という内部通報システムが設置、運用されていました。このシステムは、社内で業務に従事するすべての人が通報できるもので、調査報告書によれば、2011年1月から2023年6月までの間に合計1968件の利用実績があったとされています。しかしながら、これらの通報の中には一連の不正問題を示唆する通報は見当たらず「最終的に外部機関への通報が契機となって本件問題の発覚に至ったことは、『社員の声』制度、さらにはダイハツの自浄作用に従業員が期待や信頼を寄せていなかった証左として、深刻な問題と捉えるべきである」と書かれています。
調査委員会が実施したアンケート調査では、内部通報制度に対しての不信感を持っている従業員の回答の一例として、以下のようなものが挙げられています。
「内部通報を行ったとしても、監査部が直接事実確認することは無く、当該部署の部長、室長、グループリーダーに確認の連絡が行われるのみで、隠ぺいされるか、通報者の犯人探しが行われるだけです。(中略)今回、不正を明らかにできたのは、開発車種の関係上、トヨタ自動車の介入が大きかったのではないかと思います。ダイハツ工業のみでは隠ぺいされていた可能性は無きにも非ずかと思います」
企業でコンプライアンス部門を担当しているAさんの会社は、社員数が300名未満のため内部通報窓口の設置は努力義務ですが、社長の命でその導入を検討しています。Aさんは「わが社の内部通報制度が同様の問題を起こさないようにするためには、どのような点に気を付けるべきか?」と考えています。
■解説:独立した調査体制で、匿名も受け付ける
前述の通り、ダイハツ工業の内部通報制度には、2011年から2023年の間に合計1968件もの通報がありました。平均すれば年間に150件程度の通報があったことになります。
同社の規模と比較した場合に「年間150件」という数字だけでは、通報が多いとか少ないとかを評価することはできないとは思いますが、調査報告書では「一定程度機能しており、制度として形骸化しているような状況はない」と認めてられています。
では、なぜ一連の不正につながる通報がされなかったのでしょうか。
アンケートにあるように従業員が不信感を持つような運用になってしまっていたのでしょうか。その答えが、消費者庁が指摘した不備事項にあります。
① 事案調査の独立性や客観性を担保するため、事案に関係する者を調査などに関与させない措置がとられていない。
通報後、調査相当となったもののおよそ6割で、事案が発生しているまさにその部署に調査依頼がされていたことが判明しました。つまり、ある部署で起きた不正の疑いに関し、その部署自身に「調査せよ」という指示がされていたということです。通報内容と一線を引いて中立な立場で調査できる人がその部署内に居ればいいのかもしれませんが、そのような組織はまれでしょう。本来であれば、その部署とは無関係な、独立した立場の人が調査にあたらなければならなかったはずです。
② 通報者に結果を通知する措置が十分にとられていない。
同社では、特に匿名通報に対しては「信ぴょう性が低い」と判断。たとえ通報者の連絡先が分かっていたとしても、結果通知を行わないという運用がなされていました。
消費者庁による「公益通報者保護法に基づく指針の解説(令和3年10月)」によれば、「内部公益通報対応の実効性を確保するため、匿名の内部公益通報も受け付けることが必要である」ことが前提になっていますし、「匿名の公益通報者との連絡をとる方法として、例えば、受け付けた際に個人が特定できないメールアドレスを利用して連絡するよう伝えたりするなどの方法が考えられる」とされているなど、たとえ匿名による通報であっても「信ぴょう性が低い」と考えるのではなく、その結果を通報者に通知することが求められています。さらに言うと、犯人捜しを恐れて、あえて匿名で通報することは十分に考えられたはずで、その時点で、内部通報制度の運用を見直すべきであったと言えるでしょう。
■対策のポイント:公益通報者保護法の基本を見直す
事例にあるAさんの企業のように、従業員数300名以下の会社において部通報制度の設置は「努力義務」ではありますが、企業内の不正を早期に発見・是正し、企業または従業員を守るための制度として、これからはその設置の検討を進める企業が増えていくのではないかと思います。
昨年12月、消費者庁では自身のHP上に「はじめての公益通報者保護法」ページを新設し、企業向けに「内部通報制度導入支援キット」を公開しました。このキットの内容は、以下のようになっています。
経営者に向けた「5分でわかる公益通報者保護法」動画(5分)
パンフレット(全10ページ。チェックリスト付)
内部規定例(サンプル)
従事者指定書・宣誓書(サンプル)
従事者向け研修動画(1時間)
従事者受付表(サンプル)
この中の「従事者」とは、通報の受付・対応を行う人をいいますが、内部通報制度の整備のためには企業はこの従事者を必ず指定しなければなりません。従事者は内部通報制度の重要な役割を担うため、約1時間の研修動画が準備されています。
経営者向けの動画やパンフレットには、消費者庁による「平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」のデータが紹介されていて、それによると、不正発見の端緒となった第1位は「内部通報(58.8%)」であり、「通報者の秘密を守ることや不利益な取扱いをしないことを従業員に約束し、内部通報制度を積極的に活用している企業は、投資家からも高く評価されています」という記載もあります。
「内部通報制度導入支援キット」に繰り返し使用されているワードとして「Speak Up(声をあげよう)」というものがあり、経営者にはその呼びかけが推奨されています。また、従業員に向けてもその働きかけとして、5分の動画やパンフレットが準備されています。筆者もこのキットに一通り目を通してみましたが、まさにAさんのような企業に非常に役に立つものと言えます。
また、内部通報制度の導入にあたっては、企業にとって「従事者」の選定は非常に気を使う部分ではないかと思いますが、キットにある内部規定をはじめ、従事者向けの指定書・宣誓書、受付表などはそのまま使えるものだと思いますし、研修動画も充実した内容となっています。
導入を検討している企業だけでなく、運用の見直しを考えている企業も一度目を通し、活用してみてはいかがでしょうか。
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