IT技術の急速の進化などに伴い、社会環境が大きく変化する中で、労働者が新しい労働環境に対応するために、新たなスキルを習得して新たな業務や職業に就きやすくする「リスキリング」が注目を集めています。今回はリスキリングの意義やリスクについて解説します。
■事例:教育制度の意義
地方の中堅企業の人事部長であるAさんは、最近「リスキリング」という言葉が使われ始めたことに注目しています。リスキリングとは、経産省の定義によれば、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」だとされています。
世界では、世界経済フォーラム(ダボス会議)で2018年からリスキリングに関するセッションが始まり、2020年には「2030年までに地球人口のうち10億人をリスキリングする」宣言が出されました。日本でも2020年に経団連が発表した「新成長戦略」の中でリスキリングの必要性が記されましたし、岸田政権は昨年10月に国会の中で「リスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」と表明しました。そして今年度からそれを支援するための助成制度も始まっています。
Aさんは、リスキリングは広い意味では人材教育と同じように考えていますが、そうであればAさんの会社でも、
職位や入社年数に応じた研修(外部研修を含む)
業務に必要なスキル取得の研修(外部研修を含む)
e-ラーニングを導入し、社員の都合で受けられる各種研修
OJT
などの社員教育制度をすでに採用しています。これ以上、社内での教育制度を増やしていくことに対して「どの程度の効果があるのか?」と疑問に思っています。また、経産省の定義によれば、「新しい職種に就くため」といった文言もあり、ある意味、転職のための教育制度とも思えるもので「会社が、社員の転職を有利にするための教育制度を整備する必要があるのか?」とも考えています。
■解説:職の大ミスマッチ時代が到来
リスキリングの定義については上述の通りですが、つまりは、働き方の変化によって今後新たに発生する業務で役立つスキルの習得を目的に勉強してもらう取り組みのことをいいます。リスキリングは、社員の立場で捉えれば、自身のキャリアアップにつながるものといえますが、企業サイドでリスキリングを語る場合には、自社の経営戦略を実現するための施策の1つというべきものになります。
経産省がとりまとめ、昨年5月に公表された「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf
において、人的資本経営の実践に向けて、3つの視点と5つの共通要素(3P・5FFモデル)が示されましたが、5つの共通要素の1つに「リスキリング」が挙げられています。
このレポートでは、これからの人材戦略は、既存の人材やそのスキルを起点として経営戦略を立案するのではなく、経営戦略を起点とし、その実現のために必要な人材やスキルを確保するというものに変化しなければならないとしています。
リスキリングが注目され始めた背景と、政府がリスキリング支援に力を入れ始めた理由として、労働市場の変化があげられます。具体的には①人口減少に伴う労働力不足と、②産業構想やビジネスモデルの転換、の2つがあります。
① について、三菱総研が2018年に公表したレポート(大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第2回人材需給の定量試算:技術シナリオ分析が示す職の大ミスマッチ時代)
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20180806.html
によれば、少子高齢化により2030年までに290万人の労働供給減が起こるとされています。労働力不足を解消するためにも、リスキリングにより人々のスキルを向上させ新しい仕事に就けるようにすることが重要だということになります。
② については、デジタル技術やAI、DXの進展に伴い、今後、職業別に大幅なミスマッチが起こるとされています。上記のレポートでは、事務職の需要は2020年代初頭を皮切りに100万人単位で減少するのに加え、生産・輸送・建設職も自動運転やロボット技術の進展に伴う単純労働の代替が進展するとともに、徐々に過剰感が強まってくるとされています。その一方、技術革新をリードしビジネスに適用する専門技術職人材は、2030年時点で約170万人不足すると見込まれていて「職の大ミスマッチ時代が到来する」と言われています。
【図:人材供給の時系列変化(2015年対比:職業分類別)出典:三菱総合研究所】
そのため、従来通りのスキルや知識では生き残ったり、新たな仕事を見つけたりすることが厳しくなることが予想されるため「リスキリング」が必要だという訳なのです。
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