(出典:Shutterstock)

今回紹介させていただくのは、BCMの専門家や実務者による非営利団体であるBCI(注1)が発表した「Emergency and Crisis Communications Report」の2023年版である。これはBCIが2016年から毎年、会員を主な対象としたアンケート調査の結果に基づいて作成・発表しているもので、今回が7回目となる(注2)

なお本報告書は下記URLから無償でダウンロードできる。ただしBCI会員でない場合は、BCIのWebサイトにユーザー登録(無料)を行う必要がある(注3)
https://www.thebci.org/resource/bci-emergency-communications-report-2023.html
(PDF 80ページ/約 5.5 MB)

本報告書は次の5つのセクションから構成されている。

1. The toolbox (道具箱)
2. Triggers and execution of plans (トリガーと計画の実行)
3. Key challenges during a crisis (危機対応における課題)
4. Building resilience (レジリエンスの構築)
5. Looking ahead (今後の展望)

これらの中で1つめのセクション「The toolbox」は緊急事態におけるコミュニケーション手段に関する調査結果で、このセクションが報告書全体の約半分を占めている。図1はそのセクション1からの引用で、緊急事態における組織内でのコミュニケーションに、どのようなコミュニケーション手段を使うかを尋ねた結果である。

最も多いのはメール(Email)だが、これに続いて2位となっている「An enterprise messenger」とは、Microsoft Teams や Slack、Skypeなど、会社として導入しているメッセンジャーアプリの総称である。これに対して従業員がスマートフォンに自分でインストールして私用で使っている無料メッセンジャーアプリ(例えばWhatsAppやWeChatなど)は、「Free messaging apps from private environment」として区別されている。

画像を拡大 図1.  緊急事態において組織内でどのようなコミュニケーション手段が使われているか (出典:BCI / Emergency and Crisis Communications Report 2023)

この「An enterprise messenger」を利用する組織は2020年くらいから増えているようであり、2019年版では21.0%だったものが、2021年版では63.5%にまで伸びており、それ以降ほぼ同水準が維持されている。新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で、日常業務にTeamsやSlackなどを導入・活用する組織が急増した結果、これらが緊急事態における連絡手段としても使われるようになったというのが本報告書における見立てである。

これに関しては、2021年版では「Messenger tool from business environment」と総称されており、「危機管理チームのコラボレーションに何を使うか?」(How do you organize collaboration in your core crisis team?)という設問で多くの回答を集めたことで注目されていた。今回は「core crisis team」に限定せず「to communicate internally」という、より広い対象を含める形で尋ねているので、これらのメッセンジャーアプリが幅広く活用されている状況が現れていると考えられる。

一方でWhatsApp(注4)に代表される「Free messaging apps from private environment」を利用している組織も37.9%ある。これに関しては従来から、セキュリティ上の懸念があるため、企業における連絡手段として用いられるのは望ましくないと指摘されてきた。2021年版では前述のとおりTeamsやSlackなどが増えたことに伴って、WhatsAppなどの無料のメッセンジャーアプリの利用は減少傾向が見られた。しかしながら近年はWhatsAppの利用が再び増加傾向にあるという。図の掲載は省略するが、2020年に23.0%まで下がった後に再び上昇に転じている。

WhatsAppの利用に関しては、本報告書に回答者からの興味深いコメントがいくつか掲載されているので、ご興味があればぜひ本文をお読みいただきたいと思うが、予算の制約からWhatsAppのような無料のメッセンジャーアプリを使用せざるを得ないとか、組織が正式に導入したシステムよりも普段使われているWhatsAppの方が、緊急事態で連絡したときの回答率が高かった、などといった実態が報告されている。つまりセキュリティの観点などからこうすべきだという形が分かっていながら、一方で利便性やコストの面で現実的な方法をとらざるを得ないという状況が垣間見える。