2022/11/06
インタビュー
中林一樹・東京都立大学名誉教授に聞く


中林 一樹氏
なかばやし・いつき
1947年生まれ。1975年東京都立大学大学院修了後、同大学地理学科助手・助教授を経て、93年同大学都市研究センター・都市科学研究科教授、2002年同研究科長、04年首都大学東京(改組改称)教授・学部長補佐。11年明治大学政治経済学研究科・危機管理研究センター特任教授、18年同大学研究・知財戦略機構研究推進員。中央防災会議・首都直下地震研究特別委員会委員、文部科学省・地震調査研究推進本部政策委員会専門委員、東京都・地震に関する地域危険度調査研究委員会委員長など多数歴任。専門分野は都市防災学、災害復興学、都市計画学。工学博士。
東京都は今年、首都直下地震の被害想定を10年ぶりに見直した。最大規模の被害が想定される都心南部地震で、建物の全壊・焼失は合計約19万4400 棟。都市の耐震化や不燃化が進んだことから、前回と比べ被害を3~4割軽減できると想定した。だが、これをもって安心することはもちろんできない。同時に示された定性的な被害様相、いわゆる「シナリオ想定」のメッセージもそこにある。関東大震災から100年の節目に発表された新被害想定から、我々は何を受け取りどう行動すべきか。東京都立大学名誉教授で、東京都防災会議地震部会の専門委員を務める中林一樹氏に聞いた。
建物被害が減ることは分かっていた
――首都直下地震の被害想定を見直した理由とポイントを教えてください。
10年ぶり被害想定見直しの理由は二つ。一つは、対象とする地震を国の被害想定に合わせたことです。前回の都の被害想定は2012年公表ですが、これは東日本大震災を受けて、05年公表の想定を急きょ見直したもの。国もほぼ同時期に見直しに取り組み、都から1年遅れて13年に被害想定を公表しています。
このとき、最大規模の被害が想定される地震として都は05年公表時の東京湾北部地震を踏襲しましたが、国はこれを変更し、新たに都心南部地震を出してきた。震源の場所だけでなく、地震のモデル自体を変えたわけです。
2013年の国の被害想定は、揺れによる全壊が約20万棟、火災による焼失が約40万棟、それらの半分が東京都の被害で、結果的に都の想定と帳尻が合った。そのため都はそのままにしてきたのですが、地震のモデルが国とズレているのはいかがなものかという問題意識はずっとありました。そこで今回、国と同じ都心南部地震で被害想定を行ったわけです。
もう一つ、それ以上に大きな理由があります。それはこの10年で都内の建物が非常な勢いで建て替わったこと。東京五輪・パラリンピックを控え、この10年間、東京の建設活動は活発でした。さらに都も、不燃化特区や特定整備路線など新しい防災都市づくりを推進した。
建築が更新されると、市街地の耐震性・不燃性は確実に上がりますから、被害が減るのは当たり前なのです。ならばどれくらい減るのかみてみようというのが、今回の被害想定の最大の理由と考えています。前回想定と比べ建築被害が減り、それゆえ人的被害も減ったのですが、それは最初から分かっていたことです。
――被害規模が減ったことは、今回の新被害想定のポイントではない、と。
何が減ったのかというと、ポイントは建物の振動被害と火災被害です。揺れで建物が壊れ、火災が発生し建物が燃える。それによって人がケガをしたり亡くなったりする。これらは昔から、100年前の関東大震災でも、繰り返し起きている古典的な事象です。つまり建物の耐震性と不燃性の問題ですから、建物が建て替われば当然それらは減る。問うべきはそこではなく、古典的な事象が減ったから東京は安全になったのか、安心できるのかということです。
前回想定と比べ全壊・焼失建物が30万棟から20万棟に減ったのですから、それだけ安全になったことは間違いない。しかし考えてください。東日本大震災の全壊棟数は津波を中心に約12万棟、阪神・淡路大震災は揺れと火災で約11万棟です。これらと比べて約2倍の建物被害がいまなお見込まれている。減ったといっても、都心南部地震は関東大震災以来の未曽有の災害なのです。
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