2022/09/03
Joint Seminar減災2022 第2回シンポジウム
事故と災害の比較研究
発展型ハドンマトリックス
いろいろ思案したのですが、最終的には、ジェットコースターを使って時相を再定義することで、この問題をうまく解決できることに気がつきました(図表5)。Pre-eventはお客さんが車両に乗る直前までです。Eventは二段階に分けることにしました。Event1は、ジェットコースターの車両に乗ってから車両が動力なしで動き始める直前までです。この段階は動力で引っ張り上げている段階なので、止めようと思えばまだ止められます。Event2は動力で最頂部に上がった後、自由落下を始め、動力なしで前進している段階です。こうなるともう身を委ねるしかありません。最後にPost-eventについては、車両から降りて以降と考えました。このように時相を改めて整理し、ハドンマトリックスの枠組みを再定義し、風水害と交通事故の時相を当てはめてみました(図表6)。
まずは風水害です。Pre-eventはジェットコースターだと車両に乗る前で、風水害では雨が降り始める前の段階に対応します。雨が降り始めると、Event1に突入します。この段階は切迫避難を余儀なくされる直前まで続きます。自分自身の力で安全に避難場所まで行ける段階というのは、ジェットコースターで例えれば車両が自由落下する前と同じだと考えられます。避難のタイミングを逃し、もはや屋外に避難できない段階になると、せいぜい自宅の2階や屋上に逃れる程度のことしかできません。ジェットコースターだと動力なしで前進する車両に身を委ねている段階に対応し、これはEvent2です。そして、Post-eventは雨が降りやんだ後と考えることができます。
では、交通事故はどうなるでしょうか。交通事故のPre-eventは自動車に乗る前です(図表7)。まだ自動車に乗っていないので、今日は体調が優れないと思えば運転しないという判断ができます。運転を始めるとEvent1になります。前を走行する自動車とぶつかりそうになってもブレーキを踏むことで衝突を避けられる段階であれば、Event1だと考えます。Event1では事故が起こらないようにハンドリングでき、十分に余裕を持って周囲の歩行者や自動車と接触を避けることができます。Event2はもはや衝突は避けられないギリギリの状態にある段階です。この段階で使える対策は、シートベルトやエアバッグ、衝突時の衝撃を軽減する自動ブレーキなどがあります。Post-eventは、事故後、乗員が衝突した自動車から降りて以降に該当します。
異なるカテゴリーの災害である交通事故と風水害を発展型ハドンマトリックスの枠組みを用いて横断的に捉えることができました。次に、各時相の対策効果を評価してみましょう(図表8)。個別の対策効果を評価するのではなく、フェーズ(時相)ごとの対策効果を評価します。
対策効果を評価するには評価指標が必要です。交通事故では、そもそも事故を起こさないようにするための対策群はPre-eventとEvent1に分類されます。それらの対策群の効果を評価するために年間の交通事故件数が指標として使えそうです。ただし、現在の事故件数が数年前と比べて大幅に減少していた場合、それは事故を避けるための対策が充実したのではなく、単に自動車が減って事故発生の機会そのものが減っただけという可能性もあります。そこで、保有されている自動車の台数で正規化し、「交通事故件数/車両保有台数」をこの時相の対策群を評価するための指標として用いることにします。本当はPre-eventの対策群とEvent1の対策群の効果を別々に評価する指標があれば良いのですが、都合よくそのようなデータが存在しませんので、ここではPre-eventとEvent1に分類される対策群の効果をまとめて評価する指標を用いて話を進めます。
Event2とPost-eventの対策群は、事故が起こったとしても死者を出さないようにすることを目指しています。シートベルトやエアバッグ、事故後の人命救助などが関係してきます。したがって、「交通事故死者数/交通事故件数」が評価指標として使えそうです。
自然災害については、風水害を見てみます(図表9)。Pre-eventとEvent1の時相の対策群の評価指標として、交通事故では「交通事故件数/車両保有台数」を用いると言いました。風水害でも同じように考えるならば、「床上浸水・全壊家屋棟数」が分子の「交通事故件数」に対応し、「住宅棟数」が分母の「車両保有台数」に対応するのではないかとも考えたのですが、分母の扱いをどうするかはまだ結論を得ていません。住宅棟数は自動車保有台数と比べるとその変化は小さいので、本日のところは住宅棟数で正規化せずに話を進めます。
また、風水害による「死者数」を「床上浸水・全壊家屋棟数」で割ったものを死亡率と捉え、これを対策効果の評価指標として用いられないかと考えています。この指標はEvent2以降の対策だけでなく、Event1の屋外退避行動も含めた対策群を評価してしまいます。きっちりと時相をそろえた評価指標を交通事故と風水害の両方で用意できれば、両者を比較しやすいのですが、現時点ではそれはできません。この後、これらの評価指標を用いた分析結果をお示ししますが、評価指標に時相のずれがあることを覚えておいてください。
対策効果の比較
図表10の上のグラフが示す通り、1970年代、交通事故の発生率は大幅に下がりますが、1980年代に入ると横ばいになり、その状態が2000年代前半まで続きます。2000年代半ば以降は自動車にいろんなセンサーがついたことから再び交通事故が発生しづらくなってきていると考えられます。
他方、交通事故が発生したときの死亡率は1970年代から減少が続き、1980年代後半に一時やや上昇した後、1990年ごろから再び減少しています。シートベルト着用の徹底やエアバッグの普及などが関係していて、事故が起こっても死なないようにするための対策の効果が出ていた時期と考えられます。2000年代半ばごろからは死亡率は横ばいとなり、残念ながらここ10年ほどはむしろ増加傾向となっています。
ここ10年ほどは、死亡率が上昇する一方で事故発生率は減少しています。高齢化などが原因で死亡率は上昇する一方で、事故を起こさないようにする多様な機能を搭載した自動車が普及している段階にあることがこれらの指標の変化に現れていると考えられます。
図表11の左図は、風水害による年間の死者・行方不明者数を、1970年以降、年代別に箱ひげ図で整理したものです。1970年代に年143人だった風水害の死者・行方不明者は、1980年代、1990年代と減少し、その後は横ばい、あるいは若干の増加という状況にあり,直近の2010年代は年21人です。なお、2000年以降の死者・行方不明者数は浸水害によるもののみとし、土砂災害による犠牲を含めていません。
全壊・床上浸水家屋棟数は、1970年代は中央値で年3万3405棟だったのが、2010年代は2604棟と13分の1になっています。2000年以降は浸水害によるもののみなのに対し、1970年代から1990年代に関しては土砂災害によるものも含まれています。しかし、土砂災害による被害を除いたとしても結果は大きく変化しないと考えられます。死亡率を見てみると、1970年代から1990年代まででは2分の1になっていますが、2000年代から2010年代に2倍に増えていることが分かります。
交通事故と風水害を横断的に見てみましょう(図表12)。Pre-eventとEvent1に対応する対策群の効果を表している交通事故件数や風水害による全壊・床上浸水家屋棟数は、いずれも過去半世紀で大きく減少していることが分かります。交通事故は1980年代に入り、減少から横ばいに転じたものの2000年代中頃以降は再び減少傾向にあるのに対し、風水害は90年代以降、減少から横ばいに転じ、その状況が現在も続いています。
Event2やPost-eventに対応する対策群の効果を表している死亡率に関しては、交通事故で2000年代半ば頃から増加し始めていますが、それは風水害でも同じです。背景に何か共通する社会的な変化があるのではないかと考えています。たとえば、高齢化の進行です。2000年以降は介護保険制度が導入された時期とも重なります。自分だけで生活するのが困難な介護が必要な高齢者が、病院から自宅にどんどん生活の拠点を移しています。自分だけでは避難できない、自分だけでは動けない人たちが自宅にいるケースが増えていることとこれらの死亡率の増加との関連については、今後詳細に分析したいと考えています。
ここまでをざっくりまとめると、Pre-eventやEvent1は、風水害の浸水対策にしても交通事故対策にしても、事故発生率や家屋が浸水する割合を10分の1程度にまで大きく減らすことに成功していることが分かります(図表13)。しかし、事故が起こったり浸水したりしたときに亡くなる人の割合に関しては、交通事故は3分の1程度まで減らすことに成功していますが、浸水害に関しては1970年代から1990年代にかけては2分の1程度に減らすことができているものの、再び増加傾向に転じており、トータルで見るとこの半世紀、交通事故ほど死亡率を大きく下げることができていないことが分かります。
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