前回、信頼とは何か?について、社会心理学分野での基本モデル、およびそこから発展した主要価値類似性モデルについて解説しました。今回は、企業の信頼構築のために行うべきことについて話題にしていきます。

□解説 信頼の実験

信頼構築について、面白い実験結果があります。同志社大学心理学部の中谷内一也教授と早稲田大学の渡辺幹准教授が2005年に検証した「restoring trustworthiness after adverse events : the signaling effects of voluntary hostage posting on trust organizational behavior and human decision processes:(有害事象後の信頼性の回復:信頼に対する自発的な人質供出のシグナル効果)」という実験です。

人質という言葉に驚かれるかもしれませんが、経済学でいう「人質供出」とは、取引関係において、相手を裏切った場合に没収される財をあらかじめ出しておくことと定義されます。この人質供出の行動によって、人々の信頼がどう変化するかを明らかにしたのが、この実験の大要となります。

まずは、実験の対象となる学生に対し、とあるファーストフード店の企業イメージについて「誠実さ」と「能力」の観点から評価してもらいます。誠実さとは、「この会社は誠実な会社である」「真面目な姿勢の会社である」などの項目、「能力」とは「商品作りの能力が高い」「製造管理能力が優れている」などです。

評価が終わった後、参加者に2つの新聞記事を読んでもらいます。1つは、タイで鳥インフルエンザが発生し、日本政府が同国からの鶏輸入を禁止したという記事。もう1つは、タイ政府が人間への感染を認め、感染が確認された6人のうち5人が死亡、感染が疑われる21人のうち9人が死亡したことを伝える記事です。

さらには、評価したファーストフード店において「鳥インフルエンザ発生後も日本政府が禁止するまでタイから輸入した鶏肉を原材料としいて使用し続けていたこと」「ただし今現在は、感染地域以外からの原材料に切り替えられていること」を伝えます。

その後、ファーストフード店が取り得る行動別に、学生を3つのグループに分けで、事前に評価した企業の「誠実さ」と「能力」のイメージがどう変化したかを比較したのでした。

【パターン1】 自発的に第三者委員会を導入し、調査結果を公表する。および今後もし輸入禁止国からの原材料使用が判明した場合には、工場を自ら閉鎖することを決定する。これを「自発的人質供出グループ」と呼びます。

【パターン2】 監視委員会の導入や輸入禁止国からの原材料使用判明時の罰則を受動的に受けいれた(外部からの強い要求でそれらの措置に同意した)。これを「強制的人質供出グループ」と呼びます。

【パターン3】 監視委員会の導入や罰則について何の言及もしなかった。これを「人質供出なしグループ」と呼びます。

その結果、「誠実さ」における評価の変化には、以下のような違いが発生しました(図1)。

 

(図1:人質供出による誠実さ評価の変化)

誠実さについて、①パターン1の自発的人質供出グループでは、△0.02ポイントとほとんど評価が変わらなかったのに対し、②パターン2の強制的人質供出グループでは△0.7ポイント、③パターン3の人質供出なしグループは△0.8ポイントとなりました。この実験では、企業の事前評価をした後で鳥インフルエンザの発生や感染地域の鶏肉使用の事実を伝えているため、実験参加者のファーストフード店の評価は一旦低下したはずです。にもかかわらず①のグループの評価がほぼ変わらなかったのは、一旦低下した誠実さの評価が自発的人質供出によってほぼ元の評価まで回復したと解釈できます。一方、②と③はどちらも大差はありませんでした。つまり、誰かから言われて無理やり監視委員会や罰則を適用するといったとしても、何もやらない企業と評価は変わらないことを示しています。

なお、能力評価においても以下の結果が得られました(図2)。

 

(図2:人質供出による能力評価の変化)

こちらも①パターン1では△0.12ポイントであるのに対し、②パターン2は△0,37ポイント、③パターン3は△0.45ポイントになりました。いずれも感染地域産の原材料使用というネガティブな実績があるにも関わらず①の評価があまり下がらなかったのは「問題発生時の厳しい制裁を自発的に申し出るということは、その制裁を決して受けることが無いように適切にマネジメントできる能力があるから」と受け止められたのかその理由といえるのかもしれません。