ゼレンスキー大統領のコミュニケーション戦略
有事のリーダーシップ、情報戦に必要な原則
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
2022/03/14
組織の生産性を上げるエンタープライズ・リスクコミュニケーション
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
情報戦の場におけるコミュニケーション戦略が、今回の紛争の特徴の一つとして浮かび上がった。今、ウクライナのゼレンスキー大統領の存在感が、世界中の支援に一役買っている。彼のコミュニケーション戦略は、世界の注目を集めるだけでなく、大きな政策転換のきっかけにもなっている。
適切なリーダーシップが求められている危機的状況において、明確で、簡潔に、印象深く伝わるコミュニケーションは、その状況に置かれた人々に安心感と慰めを与えることができる。さらに、危機に対処するために必要なことを行うよう、人々を鼓舞することができる。
感染症や震災など、ビジネスリーダーが自分の会社や組織の危機的状況について、ステークホルダーとコミュニケーションをとるとき、採用すべき要素は何か? 今回は新時代における、有事のリーダーシップに必要なコミュニケーションに必要な原則は何かを考察したい。
※本稿はロシアやウクライナなどからの情報を元に、コミュニケーション戦略の方法論について執筆しています。しかし、これらの情報は必ずしも第三者が検証しきった情報ではないことを前提としていることを予めご承知おきください。
ある海外の評論家は、彼のコミュニケーションスキルから、第二次世界大戦中にイギリスを率いた首相を引き合いに出して、ユダヤ人の「ウィンストン・チャーチル」と呼ぶ。
ゼレンスキーは、パワフルなメッセージを活用し、適切なトーンと権威をもって情報を共有することで、世界に大きなインパクトを示し続けている。
ゼレンスキーはサウンドバイト(ニュースなどの放送用に抜粋された言葉や映像。特に、政治家や評論家などの言動の一部を引用したものや、放送のためにまとめた短い発言)の達人である。メッセージをいくつかの単語やフレーズに集約することで、記憶に残りやすく、繰り返し使え、メディアに引用されやすいメッセージに仕上げる。最近の例では次のようなものがある。
“The fight is here. I need ammunition, not a ride.”
(戦いはここにある。必要なのは弾薬であって、乗り物ではない)
“It’s not about I want to talk with Putin, I think I have to talk with Putin. The world has to talk with Putin because there are no other ways to stop this war.”
("プーチンと話したい "ではなく、"プーチンと話さなければならない "と思っている。世界はプーチンと話さなければならない、この戦争を止めるには他に方法がないのだから)
“When you attack us, it will be our faces you see, not our backs.”
(私たちを攻撃するときは、背中ではなく、私たちの顔を見ることになる)
"There is nothing that could possibly explain why the kindergartens and civilian infrastructure are being shelled.”
(幼稚園や民間インフラが砲撃される理由を説明できるものは何もない)
彼は聴衆が誰であるかを理解している。ゼレンスキーは、部下に伝えるメッセージ、そして世界に伝えるメッセージを限定し、さらに優先順位をつけている。
欧州首脳との電話会談では、彼がロシアの "ターゲット・ナンバーワン "であることを説明し、共感を呼び起こすコミュニケーションにより、ウクライナへの前例のない支援で欧州の指導者を動員した。そして、彼の感情的な訴えは、プーチンとその侵略に対する反発を高め、危機的状況における効果的なコミュニケーションの重要性を浮き彫りにした。
企業においても有事の際は、登場する全てのステークホルダーを抽出、対応のために必要な情報、対応の手順等を管理する「マルチステークホルダーマネジメント」が求められる。さらに限られた状況下で優先順位を判断し、一定の成果・効果を取捨選択するプライオリティジャッジメントが必要になる。
ジョージタウン大学の教授、ジェニーン・ターナー氏は、本物のリーダーシップについて語るとき、民衆はテレビで見る人と実際に会う人が同じだと思わせるような方法でコミュニケーションをとる必要があるとし、
「民衆はその人の人間性、共感性を見ている。ゼレンスキーは、大勢の視聴者に向けてではなく、私たち個人に向けて話しているように感じさせる直接的な方法でコミュニケーションすることができる。彼は短く簡潔なメッセージで、ヘッドライン、ソーシャルメディア、会話の中でうまく伝えることができる。
このようにして、彼の話を直接聞いた人たちが彼のメッセージを受け取るだけでなく、人々が聞いたことを他の人に繰り返すことによって、彼のメッセージは『足』を持ち、それらのメッセージが広がっていく」と述べる。
コロナへの対応で賞賛された、ドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相が行った「共感力の高いコミュニケーション」は、特に有事の際有効であることが再び証明された。
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