2021/12/06
東京2020大会の遺産
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が残した遺産を考えるシリーズ。今回は同大会の理念として掲げられた「多様性と調和」が、スポーツ団体をはじめ日本の組織に与え得る影響を考える。一人一人が個の違いを認め合いながら輝ける組織とはどういうものか、なぜそれが求められるのか、課題は何か――。企業のガバナンス・コンプライアンスにも通じるテーマを、アンチ・ドーピングやスポーツ・インテグリティに詳しい弁護士の山村弘一氏に聞いた。
絶てない不祥事 同質的集団の限界
東京弘和法律事務所 弁護士 山村弘一氏に聞く
弁護士・公認不正検査士
2006年慶應義塾大学文学部人文社会学科人間関係学系社会学専攻卒、09年同大学大学院法務研究科法学未修者コース修了、10年弁護士登録、21年公認不正検査士(CFE)認定。アンチ・ドーピング体制の構築を含めスポーツ・インテグリティの保護・強化のための業務に携わった経験を有する。
――最近はスポーツにおける公平性・公正性の確保が重視され、スポーツの品位や高潔さを表す「スポーツ・インテグリティ」という言葉が注目されています。背景に何があるのですか?
かつてはスポーツ界内部の問題だった暴力行為や不正行為が、ここへきて世間から多くの耳目を集めるようになりました。
スポーツ、特に競技性の高いアマチュアスポーツのスポーツ団体は、公的資金によりその運営が成り立っている面がありますが、公的資金はその性質からしてクリーンでフェアな組織でないと投入することの正当化が難しい。そうした問題意識から、単に暴力や不正の撲滅にとどまらず、しっかりした理念に沿ってスポーツ組織を運営することが求められてきているといえます。その理念のひとつが「スポーツ・インテグリティ」といえるでしょう。
一方で、暴力や不正はスポーツ界だけの問題かというと、決してそうではない。抑圧され語られてこなかった問題が、社会には数多くあります。特に同質で閉鎖的な集団では、被害を告発するだけで異端分子扱いされ、排除される危険が高いといえますから、それを恐れて被害の告発や被害の言語化がなされてこなかった面があるのではないでしょうか。
しかし「セクハラ」「パワハラ」などの新たな言葉が生み出されることにより、そうした抑圧され言語化されてこなかった事象を我々が認識し、問題として捉え、議論できるようになってきた。つまり、社会全体が変わってきている。そうした潮流がスポーツ界にも押し寄せてきているという見方もできると思います。
――東京2020大会においても、理不尽な差別や偏見に抵抗するパフォーマンスなど、選手からさまざまな問題提起がありました。
やはり、我々が新たな言葉を得たということだと思います。以前から存在していたけれど、言葉がなかったために認識できなかった問題。それが言葉によって認識でき、対処すべきだという共通理解に至る。そうした土壌がようやくできてきたとみることができるのではないでしょうか。
構成員の同質性が高く人間関係の閉鎖性が高い組織・集団は、問題が起きたときそれが表に出にくい、ゆえに問題に対処しにくい側面があります。全員が一つの目標に向かって進む集団スポーツなどはとりわけそういう面があるように思うのですが、例えば同じ地域・同じ年代の子どもを集めて閉ざされた空間で集団行動する学校教育の現場でも、やはりいじめのような問題が根深く存在する。相違点があるにせよ、現代組織が抱える共通の課題といえるでしょう。
そうしたなかで東京2020大会の意味を考えると、国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピックに出場したアスリートの約49%が女性だったことを指して「史上初のジェンダーバランスの取れた大会」という旨を発信しています。また、これはIOCがいっているわけではありませんが、自らの性的指向・性自認をカミングアウトしている海外のアスリートについて多数報じられたことも印象的でした。
このことは、男女の性別はもちろん、性的マイノリティーであることをカミングアウトしてもなおトップアスリートでいられる環境がようやく整ってきつつあることの証左といえます。ただ、開催地である日本のアスリートに性的指向・性自認を公にカミングアウトをしている方がいらっしゃらなかったように思うことは、日本のスポーツ界・日本社会において乗り越えなければならないハードルの高さを感じもします。
もちろん、スポーツをする際やスポーツ大会に出場する際に性的指向・性自認をカミングアウトする必要性があるわけではないことはいうまでもありませんが。
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