~リスク「新」時代に求められる企業の危機管理経営力と持続的成長力~

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部 BCM格付主幹
世界経済フォーラム ヤング・グローバル・リーダーズ2015 蛭間芳樹氏

株式会社電通パブリックリレーションズ内の企業広報戦略研究所が上場企業らを対象に実施した「危機管理力」調査の結果によると、多くの企業がこれまでに「事故や火災」「欠陥商品の回収」「大規模災害発生による事業停止」「個人情報・顧客情報の漏えい」などの危機に直面した経験を持ちながらも、危機管理の取り組みについてはまだまだ不十分な点が多いことが明らかになった。一方で、こうした危機管理活動を阻害する要因としては、「人員が不足している」「企業の業績につながらない」「社内の理解が得られない」などの課題があることも浮き彫りになった。企業の業績、すなわち「成長」につながる危機管理のあり方とは? 日本政策投資銀行の蛭間芳樹氏に、「リスク『新』時代に求められる企業の危機管理経営力と持続的成長力」をテーマに講演していただいた。

国際標準で考える
信号の色は、青は進む、赤は止まる、黄色は注意して止まる、ということは、世界どこに行っても共通認識が得られるでしょう。では、次のシグナルは何を意味するか分かりますか。

これは建物の安全性を示す国際標準の記号です。左はこの構造物は安全、真ん中は少しクラックが入っているが躯体の耐震性は担保されているので中に入るかどうかは自己判断をする、右は安全ではないから入ってはいけないことを意味します。 

東日本大震災の直後、日本の消防や警察隊がそれぞれ救命・救助活動で現地に入りましたが、日本の部隊がどんな記号を使っていたかというと、○とか×、さらに現場で展開されていた情報は全て日本語です。生存者がいるときはこのマークにしようとか、捜索が済んだらこのマークにしようと決めたりしていました。その後、アメリカ、ヨーロッパ、さらには近隣国などの国際緊急援助チームが第2次、第3次部隊として応援に現地に入りました。

ここで生じたのが国際規格との差です。当然ですが、○や×、日本語の情報では何の意味があるマークなのかが理解できないわけです。結果として、貴重な危機管理資源が同じ場所に重複して投入されるようなことが起きました。これを教訓に、日本でも国際マークを使うことになりましたが、それが決まるのに数年を要したようです。日本の危機管理の現場の現状を端的に示す事例だと思います。これは防災や危機管理だけの話に限りませんが、日本の当たり前が世界の当たり前ではない、国際協調が求められる時代に変革をしなければならないものは、このような現場レベルでもたくさんるということをまずお伝えしたいのです。 

常時接続しているサプライチェーンの脆弱性 
それでは企業経営と危機管理の話に移りたいと思います。まずは現状把握です。東日本大震災と阪神・淡路大震災では、企業の倒産の質が大きく異なりました。それぞれの震災を機に、3年間で倒産した企業の内訳をみると、阪神・淡路の際は、直接被災型、つまり地震の揺れや火災で事業資産が直接の被害を受けて倒産に至った企業が5割で、被災企業の取引先などで被害を受けた間接被害型が残りの5割でした。一方、東日本大震災では、直接被害で倒産した企業は1割いかず、9割弱が間接被害型でした。自社の経営資源が毀損したために倒産したのではなく、取引先の倒産などにより原材料や部品が調達できなくなったこと、あるいは供給先が被災し販売ができなくなったこと、風評被害などによるものです。ジャストインタイムに象徴されるように、在庫を極力減らし、無駄を省き、短期的な経済性を追求してきた結果、サプライチェーンをつなぐ情報システムや、物流などの社会環境は急速に整備され、高度化が進みました。一方で、そのシステムが有する負の側面、脆弱性が露呈してしまい、日本全国で影響が出たというのが今回の震災です。この話は、国内に限らず、海外でも同様の事象が起きました。タイの洪水もその典型例で、どのような企業であっても、いまや世界は常時接続しているサプライチェーンの直接、間接の影響から免れられないのです。地震災害に限らず、火山噴火や、韓国での感染症問題、あるいは先日の中国天津の工場爆破事故でも似たようなことが起き、まわりまわって自社事業に影響してくるわけです。自社で管理できる範囲とその能力が限定合理的であることを認識する必要があります。そうでないと、想定外が連発することになります。

法規制の落とし穴 
法規制が事業継続の支障となるケースもあります。経団連でも検討されたことですが、例えば、カップ麺を製造する会社が、サプライチェーンの寸断などにより、具材の1つだけが欠けたことで販売できなくなったことがありました。被災地では具材の1つが欠けようがカップラーメンのニーズはたくさんあります。しかし、JAS法や景品表示法で品質や安全性に関する条件が厳しく規制されており、当時は出荷することができなかったわけです。経団連の中でもこうした法律の障壁が問題となり、法律の緩和を要望したところ、この問題についてはようやく受け入れられましたが、依然未解決のものも多く残っています。 

こうした問題に気が付いている企業は、先手を打っています。自社の事業継続とその延長にある社会価値を考えたときに、そのルールを自分たちで作ろうと能動的に動いているのです。これは素晴らしい取り組みだと思います。よく、官民連携という言葉が使われますが、やはり民間主導でできることは行っていく時代です。ただ、実際に民間主導でそれを行おうとすると既存の法・規制改革が必要となります。危機に直面した際に、社会として何を守りたいかの議論を今一度する必要があります。

リスク「新」時代 
BCMの議論で企業が考えるべきハザードは自然災害系だけではありません。例えば、気候変動リスクは世界的に大きな問題です。これを気象災害が強烈になるという認識だけでいると大間違いです。その影響は多岐にわたるのです。今年の11月末から地球温暖化対策の新たな枠組みの合意を目指す国連会議COP21がパリで開催されますが、6月にドイツのボンで開催された作業部会を受けて、日本は世界各国の環境NGOでつくる「気候変動ネットワーク」から「化石賞」をもらってしまいました。これは温暖化対策の国際交渉で後ろ向きな国に皮肉を込めて贈られる賞ですが、1位から3位すべて一国が選ばれることは史上初のようです。理由の1つは、日本政府が出しているCO2の排出目標は他の国と比べるととても低いこと。2つ目は、でこのアジェンダに対して未来志向の議論をG7しているときに、日本だけが反対し足を引っ張って合意ができなかったこと。最後は、世界の金融機関はCO2を大量に排出する産業には投融資しないなどの明確な方針を次々に打ち出しているにも関わらず、日本からは何も提示がないことです。そのような情報は一気に広がり、国や企業のレピュテーションやブランドを毀損します。 

日本で議論されているBCPやBCMは、そのほとんどが地震対策やインフルエンザという個別事象対応型です。これの全てを否定するつもりはありませんが、果たしてそれで良いのかは、再考した方が良いと思います。当然ですが、市場・経済リスク、環境リスク、サイバー攻撃に代表される技術リスク、米国や近隣国に代表される地政学リスクなど、事業継続を脅かすリスクは山ほどあります。そしてそれは世界の何処かで起こった事象も、対象となるのです。 

2020年オリンピック・パラリンピックに向けて検討すべきこと 
2020年オリンピック・パラリンピックに向けての危機管理体制も考えておく必要があります。足下は、新国立競技場に係る費用の問題や、エンブレムのデザインの問題ばかりが取り沙汰されていますが、国際イベントの危機管理という観点からは、もっと本質的な議論が必要だと思います。開催中に発生する危機事案への対処は当然ですが、例えば東京固有のリスクとして、開催の数年前に首都直下地震が起きたら開催継続をどう考えるのか、その代替戦略はということはあまり議論されていないように思います。いわゆるオリンピックBCPですね。 

また、近年の国際スポーツ大会の収支を見れば、トータルでは全くペイしないことは自明です。経済効果に注目が集まりますが、その裏側にサイバー、テロなどさまざまな脅威に対する安全性や信頼性を担保するためには莫大な費用がかかる時代です。さらに、開催地のその後は一部の開催都市を除き、散々たる状況ですね。あえて嫌みを申し上げれば、世界最大都市である東京が日本の国家資源を投入し、最後の力を振り絞って国際イベントを打ち上げた後、日本国と共に崩壊に向かう、そのレガシーとならないようにしたいものです。東京の競争力も人口減少、高齢化、社会保障財政などで、都市の基盤力は収縮しているのです。

企業価値としての防災・BCM 
日本政策投資銀行(以下、DBJ)では、「BCM格付融資」のサービスを顧客に提供しています。債券などの信用リスクの情報を投資家に提供する一般的な信用格付けとは異なり、防災や事業継続対策の観点から企業を評価し、その結果を融資金利に反映させる世界初の融資メニューです。 

BCM格付融資は通常の企業の財務情報審査に加えて、危機事案が発生したときの事業継続の戦略や体制などの非財務情報を評価するBCMスクリーニングを並行して実施します。BCMの分析によってA~Dの4段階評価を行い、高ランクの企業には、相応に融資金利が優遇される仕組みです。これまで200社程度が格付を取得されています。 

投融資の世界ではESG(環境、社会、ガバナンス)に代表される非財務情報の組み入れが積極的に行われています。長期志向の投資家が牽引する形で、金融のメインストリームが変わりつつあるということです。ですから、従来の土地や建物の評価に基づいて企業価値を評価するだけではバランスを欠いており、その会社の非財務情報に光を当て、そこに潜むリスク(キャッシュフローの毀損リスクや成長機会)を見ていく必要があります。ある調査では、過去の企業価値は土地・建物が8割を占めていたものの、現在は2割であるというレポートが出ています。現在の8割は無形資産(経営者評価、ブランド力、イノベーション力、ESGなど)が占めるということです。このような大きな流れの中で、防災やBCP、リスク管理などがうまくできているかという視点から企業活動を見ていこう、というのが「BCM格付融資」の趣旨です。 

東日本大震災で経験したように、経済性の追求といった単一の価値観で展開されるシステムは脆弱性を内在しており、災害が起きると連鎖的に壊滅的な被害を受けます。それを推進してきたのは投資家であり我々のような金融セクターかもしれません。金融機関も社会的な責任を果たす必要があるという問題意識、具体的には本業を通じて社会のレジリエンシーを高める貢献をしていくということがこのBCM格付融資の根底にあります。 

そして、我々の格付により、融資の金利を下げることができたら、それは経営上の具体的な成果になります。本セミナーの参加者ほとんどが、管理や総務部あるいは経営部門の方々と思いますが、皆さんの努力、頑張りが会社の価値や財務的な信用力につながるということにもなります。 

格付取得企業に対して、フィードバックも行います。そのレベルはさまざまで、経営者向けのフィードバックも非常に多いです。私どもは相当数の企業の危機管理や事業継続に関するデータベースを持っているので、他社の傾向と比べてどうか、どこを改善した方がいいという情報を提供させて頂いています。我々のような金融機関としても、顧客企業の危機管理について対話ができる価値ある機会にもなっています。 

格付けを取得された企業は、CSRレポートや有価証券報告書、株主通信、ウェブサイトなど、さまざまなところでPRされ、企業価値につなげていただいております。

競争力としてのレジリエンス:神戸港の教訓 
阪神・淡路大震災の後、当時世界3位のコンテナ取扱量を誇った神戸港が、震災後には順調に回復すると思い原状回復の復旧投資を行ったのですが、荷物は一向に戻りませんでした。その間、一時的な代替先として近隣国の港を活用していた荷主は、国際標準機能を備えた釜山港や上海港に利用港を変えました。結果、神戸港は、今や世界50位程の取扱量に転落しています。残念ながら神戸港は復興戦略を見誤ったのです。ただし、この原因は神戸港の管理者だけの話でも、国交省だけの話でもありません。震災後20年を経過しましたが、神戸市の財政状況が非常に厳しいことを踏まえると、このことは日本全体の教訓として学ばなくてはいけないことだと思うのです。 

この文脈で考えれば、東北の被災地の復興はどうなるのか。さらに日本のGDPは世界3位ですが、想定されている首都直下地震による第2次関東大震災、南海トラフの超高域地震による西日本大震災が起きた後はどうなるでしょう。直後の落ち込みから、どのように回復して、何に投資をして復興をするのか。そこに日本の未来はあるのかということを平時から考えておかなくてはいけません。災害時に考えるのではなく、日常的に社会変革のイノベーションを行っておく必要があります。 

そして、予測不可能なリスク新時代ですから、地震災害だけに備えるだけでは不十分です。私自身は、日本社会が地震という個別事象に対してオーバーランニング(過剰適応)になっていないか危惧しています。自治体や企業のほとんどのBCPは地震対応型で、地震という特定のシナリオに対しては適用、対応可能かもしれませんが、果たして、パンデミックやサイバー攻撃など異なるハザードに対して、どう対応できるかまで検証されているでしょうか。これもまた想定外と言うのでしょうか。 

BCM格付の実務では、顧客企業の企業文化といいますかリスクリテラシーがよく分かります。その中で、「事業継続上の最大のリスクは何か」と担当者の方に訪ねたとき、地震だけを想定して、「在庫がない」「食料があまりない」「耐震化をする」とか、そういうことだけを自信満々に言っているようでは心配です。当然なのですが、企業の事業継続における最大のリスクは経営者です。限られた投資原資の中から、事業の成長と万一への備えに対する投資を、短期と中長期の時間軸の中でどうバランスをとっていくのか。残念ながら現在の事業やそのポートフォリオの賞味期限はすぐ切れるものばかりです。このような危機感に対するプロアクティブな改革を経営活動の中にいかに組み込んでいくのか。言うは易しですが、経営者などとの対話で、私が良く感じている重要な点です。

変革が求められる中での日本の危機管理力
国連や世界経済フォーラム(ダボス会議)のリスクやレジリエンスに関する国際機関の議論に呼ばれることがあります。そのような場に参加している世界のリーダーが日本に期待していることは、Transformだそうです。変革、転換という意味でしょうか。とくに総人口が減る局面での都市管理や災害管理に優れた都市モデルを期待されているように思います。

2013年、私は世界経済フォーラムのリスク・レスポンス・ネットワークという研究の中で、各国の危機管理力(ナショナル・レジリエンス)を評価する作業に携わりました。BCM格付に興味を持った彼らが、この概念を国にも適用してみようと考えたわけです。世界中のおよそ1000人の危機管理のエキスパートがチームを組み、国の危機管理能力を評価するプロジェクトでした。私はそのコアメンバーを担当させて頂きましたが、その結果がこの図です。 

国の脅威となるリスク、すなわち何を危機管理の対象とするのか定義をしなくてはいけませんでした。そこで採用された考え方が、「オール・ハザード(all hazard)」と「ホール・ガバメント・アプローチ(whole government approach)」です。自然災害だけでなく、経済、環境、地政学、社会、技術…、さまざまな側面から国のリスク耐性をとらえてみようという発想です。 

結果を、横軸に経済的スコアと、縦軸にリスクマネジメントスコアをとったグラフに落とし込んでみました。コアグループの想定では、経済力がある国はさまざまな危機を乗り越えて、次の成長を得ているという仮説から、右上に行くほどそれらの能力が高い、つまり縦と横の中間をとる45度線上に乗るだろうと考えたわけです。 

大方の予想通り、ドイツ、イギリス、アメリカ、次いで、中国、インド、ブラジル、イタリアがこの線上にのりました。ところが、日本は確かに経済力では先進国並みでしたが、危機管理のスコアが非常に低いという結果が出てしまいました。日本のリスクマネジメント力の低さにはさまざまな要因があります。確かに、東日本大震災、原子力発電所の事故の直後だったということもありますが、国民が政治家をどれだけ信用しているか、あるいは官と民の関係において、先ほどのように法規制が事業継続の阻害要因となっていないか、この評価のフレームワークの前提であるオール・ハザードに対して対応できる組織力はあるか等々を評価した結果、日本のリスクマネジメント力は世界で67位になってしまったのです。 

日本で国土強靭化施策が進められています。東日本大震災を踏まえ、省庁横断で防災・減災に取り組みことは素晴らしいことだと思います。しかし、内閣府防災との役割分担が不明である点は心配です。また、内閣官房の情報では国土強靱化の英訳としてナショナル・レジリエンスを採用していますが、国土強靱化法や具体の施策を拝見する限り、ダボス会議のコンセプトとは大きくずれてしまっていることは指摘せざるを得ません。なにより、「ナショナル」の日本語訳は「国家」であって「国土」ではないですね。 

いまや、世界の投資家が、各国のリスクや、リスクに対するレジリエンス力を評価して投資する時代になっています。世界的な格付会社の中には、各企業のリスク管理体制を評価して格付を行うところも出てきました。世界の投資家がレジリエントカンパニーを探しているのです。企業経営者はこれを十分に認識する必要があります。 

コストからヴァリューへ。本セミナーに参加されている皆様の日々の業務は、単なるコストセンターではなく非常に重要な役割を担っていると思います。危機が発生することを前提とした経営、これを「リスク新時代・ニューノーマル時代の危機管理経営」と私は呼んでいますが、危機を契機に一時は落ち込むが、さまざまな対応を創意工夫をもって行いながら、より高次な次元を目指し構造改革・変革を行い、それ以前より成長していくという意味で捉えています。2015年3月に仙台で開催された第3回国連防災会議では、レジリエンスをBuilt back betterという言葉で表現しました。単に経済的な側面での価値創造だけではない、成長の質や過程が問われる時代に、日本の企業がレジリエントカンパニーに変革できるか、期待したいと思います。