海外危機管理対応は平時の体制作りから

デロイトトーマツ企業リスク研究所 主席研究員 茂木寿氏

下記をご覧いただきたい。今年1月7日に有限責任監査法人トーマツのリスクマネジメントに関する調査・研究組織であるデロイトトーマツ企業リスク研究所が発表した、「2015年グローバルリスク予測」だ。1月下旬には過激派組織「イスラム国」による日本人ジャーナリスト殺害事件が発生するなど、その予測すべてが今年、実際に世界で発生していると考えていい。同研究所主席研究員の茂木寿氏は、「来年もこのリスク傾向は変わらないだろう」と警鐘を鳴らす。


海外進出企業の4割は
「取引先が進出しているから」
茂木氏によると、海外リスクに対応する上で最も重要なことは「平時から危機管理体制づくりをおこたらないこと」だという。今年5月に経済産業省から発表された「第44回海外事業活動基本調査結果概要(2013年度実績)」によると、「大手取引先・納入先などの進出実績」により海外進出を果たした企業は36%。すなわち、海外進出している企業の4割近くが「取引先の大企業が進出するから自社も進出する」という決断を下していることになる。このような場合、多くの中小企業が現地のリスクについての現状把握や対策を施さないまま、進出してしまうケースが多いという。「例えばアジアはもとより、欧米、オーストラリアでは今でも狂犬病にかかるリスクがあることは世界の常識だ。このようなことも知らないで海外進出を実現させてしまうと、社員が罹患した時に担当者が大慌てすることになる」(茂木氏)。 

今年8月、タイのバンコクで爆弾テロが発生し、死者20人、怪我人125人の大惨事となり、邦人も1人重傷を負った。通常ではタイは穏やかで平和な国だと考えられ、多くの日本企業が進出しているが、実は前出の経産省資料によると、タイのテロリズム指数は162カ国中でフィリピンに続いて第10位。同国はデータによってテロの発生率が高い国だということは従来から明らかにされていたのだ。 

茂木氏は「大手企業が進出しているからといって、その国が安全である根拠は何もない。大手企業は平時からの危機管理体制ができているから、進出しても問題がないと考えた方がよい」と、危機管理体制づくりの重要性を訴える。

ポイントは経営層の理解
自社の適切なリスク評価や、それに対する対策を施すこと。それらは国内では多くの企業で実施されているはずだが、海外進出に関しては、進出した場合の利益追求にばかり目がとらわれがちで、リスク対策に関しては後回しになるケースが多い。茂木氏は「このような事態を打開するための抜本的なツールはない。経営層にカントリーリスクに対して理解を求め、地道な努力を積み重ねるほかない」とする。感染症対策では、海外駐在員のみならず、海外出張者に関しても予防注射を徹底させる。海外医療保険には救援者費用等補償特約をつけて必ず加入させる。シンガポール駐在員がタイに出張などという事案は必ず発生するため、人事部は海外にいる社員の居場所を常に把握できる体制を構築し、安否確認システムを整える─。海外では当り前のことを適切に実施していなければ、救える社員の命も救えなくなる。 

「今年3月にはパリでもテロリストによる銃撃事件が発生するなど、およそ世界中に安全な場所はないと考えた方がよい。全ての企業は海外進出する際に、必ず事前にその国のリスク評価を適切に行い、平時から危機管理対策を実施して欲しい」(茂木氏)。