日本人が殺害され、大きな波紋を呼んだテロの起こったバングラデシュの首都ダッカ(出典:Flickr)

近年、欧州を中心にテロが相次いでいるほか、窃盗や強盗など海外におけるリスク対策はかねてから課題となっている。国際化が進み、海外勤務・出張の機会も珍しくなくなっている今、邦人の海外における安全対策について、外務省領事局海外邦人安全課邦人援護官である松前了氏が「リスク対策.com」に寄稿した。

テロ・犯罪の傾向を知る

17年間の海外勤務ではシドニーでの銃撃事件、インドでの暴動による日系企業関係者退避事案をはじめ、邦人旅行者や在留邦人が事件事故等に巻き込まれた際の支援経験を行ってきました。最近のテロや一般犯罪傾向、またその対策などを以下のとおりご説明いたします。少しでも皆様の海外でのリスク軽減につながればと心より願っております。

1. 近年懸念される邦人への海外リスク

(1) 最近のテロの傾向
2016年7月、バングラデシュで発生した「ダッカ襲撃テロ事件」において日本人7名の尊い命が失われました。それ以降、日本人が巻き込まれたテロ事件はないものの、今や世界中のどこでテロ事件が発生してもおかしくない状況です。

A.欧米・アジア等への広がり
近年、テロが発生する地域は中東・北アフリカのみならず、日本人が数多く渡航・滞在する欧米やアジアにも拡大しています。2017年には、主要なものだけでも米国(ニューヨーク)、英国(ロンドン、マンチェスター)、スペイン(バルセロナ、カンブリス)、ロシア(サンクトペテルブルク)、インドネシア(ジャカルタ)などにおいて、車両、爆弾、ナイフ等様々な手段を用いたテロ事件が発生しました。

B.ソフトターゲット
従来のテロの標的は、軍や警察といった治安当局やその施設等のハードターゲットでしたが、近年は一般市民や外国人が多く集まるレストランやホテル、公共交通機関、イベント会場、観光施設等のソフトターゲットが狙われる傾向があります。その背景には、警備の面からテロ攻撃を実行しやすく、外国人が被害にあうことで、メディアを通じて世界へ情報を拡散させる目的があるとされており、今後も不特定多数の人が集まる場所でのテロ事件発生が懸念されます。また、人混みを狙って車で突入した後、手当たり次第ナイフ等で周囲の人を攻撃する車両突入テロの手法が増加しています。

C.ホームグロウン(自国育ち)型/ローンウルフ(一匹狼)型
ホームグロウン型テロリストとは、インターネットやSNS等を通じて国外のイスラム過激思想に感化され、自国において犯行に及ぶ者、またローンウルフ型テロリストとは、組織ではなく単独犯としてテロを実行する者を指します。
両者の特徴は、国外からのテロリスト流入阻止、通信傍受等によるテロ計画の未然の予測・予防が困難なことであり、日本人がテロに遭遇する可能性が高まっています。以上の傾向はISILのイラク、シリアでの拠点喪失後も続いています。

(2) 窃盗や強盗等の一般犯罪の傾向
海外における犯罪被害はテロ以外にも多岐にわたります。「2016 年海外邦人援護統計」によると、海外における日本人の犯罪被害の95%を財産犯が占めており、その中で最も多いのが窃盗被害(3416件)、次いで詐欺(308件)、強盗・強奪(233件)です。スリや置き引きは巧妙化・集団化しており、声をかける・目の前で転ぶ等により被害者の気をそらし、その隙に共犯者が財布や貴重品を抜き取る、カバンをナイフで切りつけて中の荷物を抜き取る等の手法等が横行しています。

集団スリの場合犯行グループが役割分担をし、被害品をリレー式で運び去るケースが多く、一度狙われると被害阻止は困難です。中でも最近特に多いのはスマートフォンの盗難被害ですが、スマートフォンは国によっては貨幣価値が日本の5~10倍になる国もあり、人の命を奪ってでも強奪する価値があると考える犯罪者がいるため、日本でよく見かける「歩きスマホ」は海外では大変危険な行為です。その他にもレストラン等でバッグを置いたまま席を立つ,ホテルや空港等でのチェックイン時に荷物から目を離すことや、足下にバッグを置くことなども犯罪被害にあう原因となります。

また海外で両替する場合、両替所やATM周辺での強盗事件が世界どこでも発生しやすい傾向にあるので、両替に際しては(1)1人で両替しない(2)現金は見えないように両替所の中で財布にしまう(3)周りを素早く確認しすぐに立ち去る-といった工夫が必要です。

一般犯罪は国や地域によって被害に遭いやすい場所や時間、手口等があるので、事前に情報収集し、注意することで多くの場合被害を防ぐことが可能です。日頃から安全対策に対する意識を持つことが重要です。

2. テロや犯罪への対策

海外への渡航・滞在にあたっては、「自分の安全は自分で守る」「予防が最良の危機管理」という心構えを持ち「安全のための三原則(目立たない、行動を予知されない、用心を怠らない)」を守ることが危険を避ける第一歩になります。

一般犯罪への対策として(1)危険な場所には近づかない(2)多額の現金や貴重品は持ち歩かない(3)見知らぬ人を安易に信用しない(4)犯罪に遭ったら抵抗しない。また、テロ等による爆発音や銃撃音を聞いた際の基本動作として(1)伏せる(2)逃げる(3)隠れる-を徹底していただきたいと思います。詳細は、以下3.(3)「ゴルゴ13の海外安全対策マニュアル」(以下、「ゴルゴ・マニュアル」)の第7話や第12話でも解説しているので、ぜひご覧ください。

3. 事前の準備

海外におけるリスクは多様化しており、渡航前に適切な備えを講じておくことが大切です。万が一の際に命を守るのは,わずかな意識の差であることが多いのが事実。海外への渡航が決まったら「たびレジ」に登録するとともに「海外安全ホームページ」「ゴルゴ・マニュアル」、現地の報道等から情報収集に努めていただきたいと思います。また、海外での病気や事故被害等により高額な医療費が求められた場合に備え、十分な補償内容の海外旅行保険に加入することも非常に重要です。万一の場合に備えて,万全の安全対策を講じましょう。

(1)「たびレジ」、在留届
滞在先の現地の最新の海外安全情報や,緊急時の連絡等が日本語で無料で受け取れる外務省のメールサービス。登録した情報は,現地で緊急事態が発生し,在外公館が安否確認を行う場合にも利用されます。簡易登録を利用すれば,日本にいながら同じメールを受け取ることができるので,日頃の情報収集にも役に立ちます。
https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/index.html
3カ月以上の長期滞の場合には「在留届」の提出が法的に義務づけられています。
https://www.ezairyu.mofa.go.jp/RRnet/index.html

(2)「海外安全ホームページ」
各国の治安情勢や犯罪傾向、防犯対策、トラブルの原因となり得る習慣・文化の差異等、現地滞在に必要な情報を詳細に記載しています。
https://www.anzen.mofa.go.jp/index.html

(3)「ゴルゴ・マニュアル」
漫画「ゴルゴ13」の主人公・デューク東郷が世界中を飛び回り,海外展開する日本企業関係者に安全対策を指南する劇画と、詳細な解説からなります。
https://www.anzen.mofa.go.jp/anzen_info/golgo13xgaimusho.html

松前援護官は海外勤務17年の経験を有す

■松前了(まつまえ・りょう)氏
1987年外務省入省。海外勤務は1990年のブルガリアが最初。その後、豪州、欧州の各在外公館に勤務。今年1月にインドから外務省に戻り現職。

(了)