災害が多様化し、組織はマルチハザード対応型のBCPに迫られている(写真:写真AC)

■資金と資源は限られている

筆者が山梨県と長野県の県境にある山小屋に立ち寄った時のことです。その山小屋は、頂上直下の岩壁の凹みにしがみつくように建っていました。若い山小屋の主人からお茶をいただきながら雑談しているうちに「老朽化した山小屋がいつまで持つか心配だ」という話になりました。

山小屋の運営にヒントが(写真:写真AC)

確かに何十年も風雪に耐えてきたその建物は、今どきの強い暴風雨や地震でも起ころうものなら、土台から剥がれて谷底に転げ落ちていきそうな気配です。にもかかわらず、筆者はうっかり少し意地悪な質問をしてしまいました。「建て替えるとなるとお金もかかるでしょう?」「もし最悪の事態が起こったらご主人はどうされますか?」

すると、その答えは意外と簡潔なものだったのです。山小屋の主人は「建て替えなんてまずムリ」というジェスチャーをしながら、開け放っていた玄関の戸の向こうの景色を指差しました。

「ハイマツの斜面のところどころにロープが張ってあるでしょう? あのロープを伝って下の小屋に避難します」。頂上直下のこの山小屋から、2キロほど斜面を下ったコル(尾根上のピークとピークの間の標高が低くなった所)に、もう一軒の大きな山小屋があるのですが、緊急時はその山小屋が避難者を受け入れてくれる約束を交わしているとのこと。

この話を聞いた後、筆者は防災・減災対策のあり方について、なんとなく複雑な、そして新たなヒントを得たような気持ちになったのを覚えています。BCPでは防災・減災対策が不可欠ではありますが、とくに資金に余裕のない中小企業にとっては、そうした建前論は通用しません。何を優先し(もちろん命です)、何を切り捨てるか(リスクを受け入れるか)が問われているからです。