セキュリティ文化の醸成と意識の高度化 ~2020年に向けて私たちにできること~
TSA(米国運輸保安庁)の設立で米国航空保安は新たな時代へ
米国の航空保安体制について
Toki's SECURITY Lab./
平川 登紀
平川 登紀
旧姓・宇田川。映画『羊たちの沈黙』のFBI訓練生クラリスに憧れ渡米。ワシントン州立大学大学院で犯罪法学(Criminal Justice)の修士号を取得。帰国後、航空セキュリティ関連の財団法人で、空港保安検査員の研修や保安検査状況の監査を担当し、航空セキュリティに興味を持つ。2007年、東京大学大学院博士課程へ進学し、本格的に航空セキュリティマネジメントの研究をスタート(2011年単位取得満期退学)。2021年に佐賀県唐津市へ移住。現在、フィジカルセキュリティストラテジストおよび航空セキュリティ研究者として活動中。
平川 登紀 の記事をもっとみる >
X閉じる
この機能はリスク対策.PRO限定です。
- クリップ記事やフォロー連載は、マイページでチェック!
- あなただけのマイページが作れます。
前回の連載(「9・11後の米国の航空保安体制について」)では、米国内に運輸保安庁(Transportation Security Administration: TSA)が新設された経緯をお話しました。今月は、TSAの登場で米国の航空保安体制がどのように変化し、保安検査がどう変わったのか説明します。
TSAの設立で米国航空保安は新たな時代へ
設立時、TSAは連邦航空局(Federal Aviation Administration: FAA)の下に置かれていましたが、2003年3月に国土安全保障省(Department of Homeland Security: DHS)直下となり、運輸保安対策を一元的にまとめる機関となりました。
2001年11月に施行された航空安全法(the Aviation and Transportation Security Act: ATSA)により、2002年2月17日までに航空会社が責任を負っていた航空保安にかかわる保安検査業務をすべてTSAが引き継ぐことになりました。強大なパワーを持つ連邦機関の新設で、米国の航空保安は新たな時代に突入しました。
TSAは、空港での保安検査業務を民間の警備会社からTSA管理へ変更し、連邦政府の責任と権限を持つTSA職員が保安検査を実施する体制を作り出しました。これは、空港で保安検査業務を請け負っていた警備会社とそこで働く保安検査員のレベルの低さが以前から指摘されていたためです。
当時、空港の保安検査員は、米国ではファーストフードの店員と同レベルの低所得職種であり、離職率は年間平均300%ともいわれていました。米国同時多発テロ以前、米国の空港には約28000人の保安検査員がいましたが、4分の1にあたる約7000人が公的に米国籍を持たない南米からの移民で占められていました。
雇い主の警備会社の中には、採用時に犯罪歴や財政状況などのバックグラウンドチェックを行わない代わりに、移民を安い賃金で働かせていた会社もありました。保安検査教育や訓練はほとんど受けさせずに空港の現場へ送り出していました。母国でも米国でも満足に教育を受けていない者もおり、英語が片言であったり、旅客への態度も横柄であったりして、検査場ではトラブルが絶えませんでした。
こうした職場状況から推測すると、『保安検査業務は航空輸送の安全を守るための重要な任務である』という責任意識が欠如している保安検査員が多くいたと思われます。
職員を連邦政府職員として採用
ATSAでは、保安検査員は合法的に米国民でなければならないと規定し、全員をTSA職員すなわち連邦政府職員として採用することを決定しました。米国同時多発テロは、いくつものセキュリティホールを突破された結果に起こったことであり、保安検査員だけがしっかりしていれば防ぐことができたとはいえません。しかし、不審者や不審物を航空機に載せないための最後の砦が保安検査であることは明らかです。
そこでTSAはセキュリティに対して責任意識を持つ保安検査員の養成に力を入れました。2002年11月までに合法的に米国籍を持つ44,000人の保安検査員を新しく連邦政府職員として採用し、各空港の保安検査場に配置しました(当初の予定は2002年2月)。
連邦政府職員となったことで、保安検査員は今までの低賃金・低レベルの職種層から抜け出し、公務員として手厚く保護されることになりました。新しい航空保安体制においては、保安検査員の教育や訓練も適切に行われ、自信と権限と責任意識を持つ保安検査員によって保安検査が実施されるようになりました。
TSAは、職員採用時のバックグラウンドチェックを強化し、保安検査員として採用される者はもちろん、空港内のショップ店員や清掃員、出入り業者など空港に出入りする者に対し、犯罪歴や個人・家族の財政状況について調査が行われることとなりました。空港内の制限エリアや搭乗ゲート、ランプエリアなどの一般人が入れない区域へ立ち入る職員については、さらに厳しいチェックを実施し、パスの発行や出入り管理も厳重なものとしました。
TSAの影響力
米国は、新しい保安検査機器の開発・導入、米国渡航者のプロファイリング強化、受託手荷物検査のためのTSAロック付スーツケース(TSAロック:TSAが認可・容認した鍵で、特殊な鍵解除ツールにより鍵の開閉が可能)を推進しました。すべてはセキュリティ強化のために実施され、今日まで航空会社や私たち旅客に多大な負担を強いています。
・TSAロック付きスーツケース
米国へ旅行するときに預ける荷物は、TSAロック付きでなければ、TSAによる荷物確認時に鍵を破壊されてしまうことがあります。
壊れたスーツケースを開けると「荷物検査をしました。Thank you」というTSAからの紙が一枚置かれているだけで、TSAが壊れたスーツケースを弁償してくれることなどありません。
TSAロック付きではなく、荷物検査のために破壊されてしまった場合、旅行者本人で買い替えるしかありません。
・入国前プロファイリング
米国行きの航空会社は、米国到着前に搭乗旅客の氏名や生年月日、渡航目的等の詳細を米国側に提出することを求められています。米国籍を持たない者は2009年から開始した電子渡航認証(Electronic System for Travel Authorization: ESTA)制度により、米国への入国希望をインターネットで72時間前までにDHSへ申請することが義務付けられています。
航空会社か渡航者、どちらか一方でも怠ると米国に入国ができないということになります。
米国到着後、入国審査では全指の指紋押捺が要求され、指紋とパスポートの照合により許可されて初めて米国内に足を踏み入れることができます。
・保安検査
空港の保安検査では、靴とコートを脱がされ、液体物は取り上げられ、パソコンやその他電化製品は別に検査をされ、不審があれば取り調べのような尋問をTSA職員から受けることになります。米国人も外国人も保安検査は同じ基準ですが、どの旅客に対しても強い姿勢で検査を実施できるのは、米国の保安検査が公権力を持つ連邦政府機関により行われているからです。
さらに、TSAの登場による米国の航空保安体制の変化は、米国への直行便を持つ国々にも影響を及ぼしています。
来月は、TSAが他国へ及ぼしている影響とその強大なパワーの限界についてお話しします。ご意見・ご感想をお待ちしております。
(了)
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方