2017/09/19
安心、それが最大の敵だ
岩沼市:堤防が避難者を救う、訓練の成果
岩沼市は太平洋に面している。同市では183人が死亡・行方不明となり、うち市外の人は33人であり、津波による浸水は全市域の約48%に及んだ。同市の復興計画やその実施は速やかだった。被災者の住まい確保や集団移転をいち早く進めた。被災から数年後には農地も作付けできるところまでこぎつけた。被災後にお会いした市長(当時)井口経明氏は語った。
寺島地区の一時避難場所は寺島公会堂だった。多くの住民が避難していたが、「6mの津波が来る」との情報があった。町会長は、ここでは到底対応できないと判断し、寺島公会堂裏手の阿武隈川の左岸堤防に住民を誘導した。二次避難場所は岩沼市立玉浦小学校だった。本来そちらに避難するのだが、標高的に阿武隈川堤防より低く、危険だと判断した。住民が避難したのは、阿武隈川の河口から3.8kmの左岸堤防だ。2009年度に東北地方整備局の仙台河川国道事務所が「堤防の質的整備」を図り約7mの高さがあった。「堤防の質的整備」とは、高さや幅といった量的整備(断面確保)に加えて、河川からの浸透に対する安全性を確保することである。浸透を防ぐため止水矢板を打ち、遮水シートを敷いて護岸工を行なうとともに、背後に腹付け盛土を行なうなど、堤防の強化策を講じていた。
阿武隈川では、地震により本格復旧が必要な個所や軽微な被災を含めて57カ所で被害が発生した。だが、住民が避難した左岸地点は質的整備によって問題は生じなかった。
堤防には、寺島地区の住民50~60人と車が50台程度が上がっていた。通常、河川堤防の上に車は入れないが、維持管理を担当していた建設業者が気を利かせて車止めを開錠してくれたという。車両ごと堤防の上に乗り入れることができたため、多くの車が水没を回避できた。
堤防に避難してから津波が来るまで、約30分の余裕があった。質的整備で強化された堤防は、津波からも住民や車をしっかり守ってくれた。寺島公会堂は2メートルほど浸水し、そのまま内部に留まっていたら危ないところだった。
津波をやり過ごした後、住民は堤防の天端(上部面)を通り約4.5km離れた岩沼市民会館へと移動した。避難した住民からは「阿武隈川左岸堤防がなかったら、寺島地区内の犠牲者は間違いなく拡大していた。堤防の存在は非常に役立った」との声が上がった。
海へのアクセス道路が壊滅したため、この堤防は救助のために自衛隊のアクセスにも使われることになった。堤防の天端を通って河口付近まではいることが出来たが、天端には自衛隊の車両がたくさん駐まっていた。自衛隊は、阿武隈川の堤防から岩沼市の市街地に道路啓開していった。堤防が、「くしの歯」状に道路通行を効率的に可能にして行く「くしの歯作戦」に大きく寄与した。
寺島地区の被災当時の会長平塚孝巳氏と現会長菅原清氏の追想を列記する。
・寺島地区では、消防団が避難を促すため、42戸1軒1軒回った。その際、遠くに行かないよう指示した。
・地区住民はこの阿武隈川の堤防に避難した。避難本部もここの堤防の上に設置した。この堤防を整備してもらってよかった。
・地震後、1時間弱で津波が襲来した。津波の到達は川の遡上よりも陸地側の津波遡上の方が早かった。
・寺島地区では11年ほど前に自主防災組織を結成した。その後、毎年防災避難訓練を実施してきた。
・震災当日、誰1人家に残った者はおらず、全員が避難して犠牲者ゼロ。隣の地区は取り残されて、犠牲者が出ていた。
・訓練通りにみんなが従ったことで、被害を免れた(避難した人は約100人)。訓練の成果である。
・水害があった際にここの堤防に避難すると決めていたが、津波は想定外だった。
国交省東北地方整備局の技術職員(河川系)は語る。
「堤防の整備はこれまで川だけをにらんでやってきたが、総合防災にも役立つことを、今回の大震災で痛感した。貴重な体験だった」。
(参考文献:国交省東北地方整備局資料、山元町・岩沼市資料、北海道新聞などの関連記事)
(つづく)
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