家庭の防災を推進するために必要なものは何か?
Insurance, Public Assistance, and Household Flood Risk Reduction: A Comparative Study of Austria, England, and Romania
合同会社 Office SRC/
代表
田代 邦幸
田代 邦幸
自動車メーカー、半導体製造装置メーカー勤務を経て、2005年より複数のコンサルティングファームにて、事業継続マネジメント(BCM)や災害対策などに関するコンサルティングに従事した後、独立して2020年に合同会社Office SRCを設立。引き続き同分野のコンサルティングに従事する傍ら、The Business Continuity Institute(BCI)日本支部事務局としての活動などを通して、BCMの普及啓発にも積極的に取り組んでいる。一般社団法人レジリエンス協会 組織レジリエンス研究会座長。BCI Approved Instructor。JQA 認定 ISO/IEC27001 審査員。著書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)
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これまでの本連載においては、主に国、地域、あるいは企業を対象とした調査研究を紹介してきたが、今回は家庭の災害対策に関する研究例を紹介する。
2017 年 8 月に、リスク分析学会(The Society for Risk Analysis)の学会誌『Risk Analysis』に「保険、公的支援、および家計に対する洪水リスクの軽減:オーストリア、イングランド、およびルーマニアにおける比較研究」(原題は本稿サブタイトルのとおり)という論文が掲載された(以下「本論文」と略記)(注 1)。タイトルから想像される通り、家庭における洪水対策に保険や公的支援などがどのように影響を与えているかを調査した結果が報告されている。
筆頭著者の Susanne Hanger 博士はオーストリアの国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis)に所属する研究員で(注 2)、リスク&レジリエンス・プログラム(注 3)のメンバーとして活動している。なお本論文のための研究に対しては、オーストリア政府の気候研究プログラム(Austrian Climate Research Program)から資金面の援助を受けている。
本論文では調査に先立って、家庭におけるリスク軽減行動に影響を与えうる因子を図 1 のように想定している。日本では災害対策に関して、建物や設備の耐震化などといった、いわゆるハード対策と、対応計画や教育、訓練などのようなソフト対策に分けられることが多いが、本論文においても同様に、リスク軽減行動には、建物や設備などに対する構造的対策(ハード対策に相当)と、回避や事前の備えが含まれると整理されており、これらに対して図 1 の各因子がどのように影響を与えるかを調査している。
調査は、洪水の起こりやすい地域の世帯意思決定者に対する電話調査であり、調査対象はオーストリアで 600 件、イングランドで 600 件、ルーマニアで 649 件の合計 1849 件である。なお、自宅を所有している世帯と賃貸で住んでいる世帯とでは、リスク軽減に対する問題意識が異なると思われることから、この調査では持ち家比率が高いと思われる、地方の世帯を調査対象に選んでいる(注 4)。
本論文の目的は図 1 に示した各因子の相関関係を調べることであるが、電話調査の結果を見るだけでも興味深い。例えばルーマニアやイングランドに比べて、オーストリアの方がハード対策の実施率が高い。これはルーマニアやイングランドで他人が建てた家を購入することが多いのに対して、オーストリアでは自分で家を建てることが多く、ハード対策を実施しやすいからではないかと考えられている。また、地方自治体や保険会社からの情報提供の状況や、損害保険の制度などについても、各国ごとの違いが現れている。
さらに本論文では回帰分析の結果をふまえた考察がまとめられているが、まず家庭におけるリスク軽減行動に対しては、保険の影響が大きいことが指摘されている。特に保険料の割引や、リスク軽減に関する保険会社からの情報提供は、ハード対策の実施状況に対して正の相関があるという。
本論文では他にも様々な観点から分析結果が述べられているが、中でも注目すべき結果のひとつとして、ここでは公的対策による負の影響に関する記述を紹介しておきたい。分析結果によると、治水ダムのような大規模な洪水対策によって洪水から守られているという安心感と、リスクの認知やリスク軽減行動との間には、負の相関があるという。
もちろん、そのような大規模なハード対策が不要だと主張しているのではなく、そのような対策によって安全性の認識が誇張され、結果として過程における災害対策が進まなくなることについて、本論文では問題提起している。リスクが小さくなった分だけ対策コストを下げるのは、ある意味で合理的な行動ということもできるが、それが災害リスクの過小評価に繋がってしまうのは問題であろう。
本論文は特に洪水を対象とした研究ではあるが、地震など他のハザードに対しても共通する部分も多いのではないかと思う。このような研究が数多く行われ、災害対策に対する効果的なインセンティブの検討に活かされることを期待したい。
■ 報告書本文の入手先(PDF 14 ページ/約 0.9 MB)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/risa.12881/full
(注1) Hanger, S., Linnerooth-Bayer, J., Surminski, S., Nenciu-Posner, C., Lorant, A., Ionescu, R. and Patt, A. (2017), Insurance, Public Assistance, and Household Flood Risk Reduction: A Comparative Study of Austria, England, and Romania. Risk Analysis. doi:10.1111/risa.1288
(注2)Hanger 博士のプロフィールはこちらに掲載されている。 http://www.iiasa.ac.at/web/home/research/researchPrograms/RISK/Susanne-Hanger.en.html
(注3) http://www.iiasa.ac.at/web/home/research/researchPrograms/RISK/RISK-home.html
(注4)ちなみに調査結果によると、回答者のうち自宅を所有している世帯の割合は、オーストリアで 93%、ルーマニアで 98%、イングランドで 75% であった。
(了)
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