EsriのArcGISを活用した「2015年ボストンマラソン・ダッシュボード」(画像提供:ESRIジャパン)

災害時などの危機管理情報共有システムに欠かせない機能の1つが、GIS(Geographic Information System:地理情報システム)だ。被害状況や避難所の情報など、さまざまな情報を地図上にプロットし可視化するシステムは関係者で情報を共有し、トップが意思決定するための強力なツールになる。もちろんGISシステムは災害時だけでなくカーナビゲーションから防犯まで、企業や自治体においてさまざまな分野で活用されており、今後もビッグデータやIoT、Ai(人工知能)などとともに発展が期待されている。

そんなGISソフトウェアのなかで世界シェアトップを誇るのが、米Esri社が開発した「ArcGIS」シリーズだ。今年5月17日・18日には、同ソフトの日本のユーザで組織されるESRIジャパンユーザ会が主催となり、第13回目となる「GISコミュニティフォーラム」を開催。数多くの研究機関や自治体、企業、NPOなどが集まった。米国の危機管理におけるGISの活用状況について同社に話を聞いた。

インタビューに答えるEsri社危機管理担当ディレクターのクリス・マッキントッシュ氏

「危機管理におけるGISの最も重要なポイントは、GISにより情報を共有することで危機管理対応の「時間」を短くすることができることだ。そのためには、実際に危機が発生する前に、さまざまな手順をしっかりまとめておく必要がある。あらかじめ地図上で必要な情報を選び、それらをパッケージ化し、瞬時にアクセスできるようにしておくことができるのがArcGISの強みだ」と話すのは、同社危機管理担当ディレクターのクリス・マッキントッシュ氏。

同社のシステムは、日本国内でも静岡県浜松市の防災情報システムをはじめ数多くの自治体の災害時情報共有システムに採用されているほか、国立研究開発法人防災科学技術研究所(NIED)の「災害年表マップ」などにも活用されている。

■防災科学技術研究所「災害年表マップ」
http://dil-db.bosai.go.jp/saigai/

ボストンテロ事件を受けた危機管理体制

2013年に発生したボストンマラソンの爆破テロ(画像提供:ESRIジャパン)

2013年に発生したボストンマラソンの爆弾テロ事件では、死者2人、負傷者260人以上を出す大惨事となった。事件を受けたマサチューセッツ危機管理局は安全管理の強化を図り、リアルタイムデータと地図を活用した安全管理体制の構築という観点から同社のArcGISを導入。ランナーや緊急車両の位置情報、気象情報などをリアルタイムでモニタリングできる「2015年ボストンマラソン・ダッシュボード」を構築した。

ダッシュボードでさまざまな情報を共有した(画像提供:ESRIジャパン)

大会当日はマサチューセッツ州、地方警察、連邦危機管理局など60機関から約300名が参加する複数行政機関調整センター(MACC)と、屋外に配置された200名のスタッフがランナーをはじめ観客、気象、危機対応状況、レースの内容などの情報をダッシュボードで把握。安全対策の強化に大きく貢献したという。

ボストンマラソン時のマサチューセッツ危機管理局(画像提供:ESRIジャパン)

米国では情報共有のためのコンソーシアムを結成

クリス氏は情報共有システムの構築について、「危機管理の情報共有はシステムだけではできない。難しいのはそれを構築するための手順の部分。うまくいくためには、システムを保有するベンダーと、それを導入する管理者が協力してポリシーや運用体制をまとめる必要がある」と話す。米国では、2011年に政府や地方自治体のほか、同社を始めとした民間企業やNPOなど300の団体が集まり、「ナショナル・インフォメーション・シェアリング・コンソーシアム(NISC)」を結成。セクショナリズムという障壁をなくし、危機管理時の情報の共有するための働きかけを行っている。「技術よりも、災害に対応するには皆が協働しなければいけないという共通認識があった。そのような認識を持つものが集まり、一緒に米国内に存在する障壁をなくそうとしている」(クリス氏)。

2014年には、コンソーシアムが中心となり情報共有を実証するための訓練も行った。「キャップストーン」と名付けられた演習は、インディアナ州、アラバマ州、テネシー州、ミシシッピー州など8つの州が協働し、地震に対してどのように対応できるかを検証した。8つの州がある米国中西部には「ニューマドリッド」と呼ばれる大きな断層が走っており、1900年にはM8.9の地震を記録。現在において同規模の地震が起こればシカゴなどの主要都市が壊滅するとも言われ、大きな脅威になっている。演習はこの大地震を想定して行われた。


大規模災害時の訓練 CAPSTONE(出典:You Tube/ESRIジャパンページ)

「キャップストーン」では、NISCが18にも及ぶEEI(エッセンシャル・エレメンタル・インフォメーション)を設定。参加する州は必ずその状況に対し、リアルタイムのデータを回答しなければいけないという。EEIとはトップが決断を下すために必要とされる要素のことで、これらを標準化することで違う州でも災害の情報が共有しやすくなるとされる。例えば交通部門では道路、水路、鉄道の運行状況など、インフラ部門では電気、天然ガス、水、オペレーション部門では病院のステータスや避難勧告の状況、けが人や死亡者などの情報が挙げられている。以下NISCのホームページに掲載されているので参考にしてほしい。

■NISC Essential Elements of Information
http://www.nisconsortium.org/nisc-activities/eeis/

「8つの州はすべてArcGISを活用し、18のEEIに関する情報を共有。当初設定した目標通りに技術を使いこなし、無事終了した」(クリス氏)

東京オリンピックのその先へ

「東京がもっと良い、もっと住みやすい場所になっていくことが、我々の願い」(クリス氏)

2020年に控えた東京オリンピック。クリス氏の目には日本の危機管理の状況をどのように考えているのだろうか。「私は全世界の危機管理を対象にディレクションしているが、日本のレベルは世界から見ても最高レベル。東京オリンピックの危機管理はほかの国のロールモデルになるだろう」と話す。

「私たちはとにかく東京オリンピックが安全に、無事に開催されることを祈っている。我々はそのために日本のさまざまな方々に協力していく。そして東京がもっと良い、もっと住みやすい場所になっていくことが、我々の願いだ」。クリス氏はインタビューの最後を、こう締めくくった。

(了)