第22回:従業員の命を守るとはどういうことか?(1)
強烈な台風から「新聞配達員」を守るには
BCP策定/気候リスク管理アドバイザー、 文筆家
昆 正和
昆 正和
企業のBCP策定/気候リスク対応と対策に関するアドバイス、講演・執筆活動に従事。日本リスクコミュニケーション協会理事。著書に『今のままでは命と会社を守れない! あなたが作る等身大のBCP 』(日刊工業新聞社)、『リーダーのためのレジリエンス11の鉄則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『山のリスクセンスを磨く本 遭難の最大の原因はアナタ自身 (ヤマケイ新書)』(山と渓谷社)など全14冊。趣味は登山と読書。・[筆者のnote] https://note.com/b76rmxiicg/・[連絡先] https://ssl.form-mailer.jp/fms/a74afc5f726983 (フォームメーラー)
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■災害の影響を受けやすい中小企業
西日本豪雨(2018年)や2019年の台風15号・19号がもたらしたような大規模災害は“たまたま”起こった災害ではない。太平洋やインド洋などの熱帯海域で海面水温の上昇が続いており、それがたっぷりとエネルギーを蓄えた強烈な台風を次々に生み出す温床になっている。これからも毎年のように壊滅的な被害をもたらす激しい暴風雨や大規模な洪水が起こる可能性は、決して低くはないのだ。
猛烈な暴風雨が吹き荒れるなか、高速道路などを走行する何台ものトラックが横転したり、街中で営業車両が水没したりしている様子をテレビで見ることが多い。昔なら雨が降ろうが槍が降ろうが「仕事だから」と割り切って気合と根性で乗り切ったものである。
しかし、気候変動によって生じる今日の台風や豪雨は強度のレベルがまるで違う。下手をすると命を落としかねないのである。
もっとも、最近では公共交通機関や運輸業、百貨店などは計画的に休業したり、営業時間を遅らせたりする企業が増えてきている。従業員や訪問客の命を守り、少しでも被害を軽減する措置を取ろうとする姿勢や方針はベターなことだ。
しかし残念なことに、こうしたプロアクティブな対応の多くは大企業が中心だ。中小企業では依然として従業員が台風や豪雨の危険にさらされやすく、彼らを守る措置が十分ではないケースが少なくない。
ひとことで言えば「外で活動する従業員」のことである。中小のトラック運送業、建設関係の下請工事、宅配、出前(ピザなど)、新聞配達、訪問介護などさまざまだ。
今回と次回は「従業員の命を守るとはどういうことか?」というテーマで、今も昔も変わらない慣習のなかで業務に当たらなければならない「新聞配達」の仕事を例として考えてみよう。
■新聞配達員が曝されている災害リスクとは?
新聞販売店ではどんな業務を行っているのだろうか。
真夜中に、刷りたての朝刊が新聞社から店に届く。前日に到着した折込チラシを組む。雨の日はビニール包装機で新聞を包装する手順が加わる。次に配達区域に沿って配布部数を振り分け、配達の順番に並べる。このあと、新聞配達員は新聞をバイクに積み込んで配達に出発する。店に戻ると配達状況についてブリーフィングを行い、それぞれ帰宅する。
昼には翌日配布予定の折込チラシが届き、事務所で段取りを組む。さらに午後3時頃には夕刊が届き、その配達の準備に取り掛かる(手順は朝刊の場合とほぼ同じと考えられる)。
新聞販売店にとってのステークホルダー(利害関係者)は、主として3者ある。「新聞社」「折込広告会社」そして「購読者」である。彼らのニーズを満たすために、時には命の危険を冒して新聞を配達し続けているのが、多くの新聞販売店の現状である。
真夜中に新聞を積んだトラックが店の前に到着すれば、たとえ台風の接近により風雨が強まるなかでも、配達に出向かざるを得ないのが実情だ。この数年、台風や豪雨を冒して出かけた新聞配達員のなかには、バイクが倒木に激突したり、増水した用水路にのみ込まれてしまったりして、大怪我をしたり命を落とした人もいるという。
では、どうすれば新聞配達員の命を守ることができるだろうか?
個々の新聞販売店が自己完結的なBCPをつくっても、あまり機能しそうにないことは上記のステークホルダーとの関係からも明らかだ。よって新聞販売店だけでなく、以下に述べるステークホルダー3者(新聞社、折込広告会社、読者)を巻き込んだ対策と行動が必要となる。
■「新聞社」→「読者」に向けたメッセージ
新聞配達員は、その強い使命感からどんな悪天候下でも配達業務を遂行しようとする。一方読者のなかには「購読料を払っているのだから、いかなる悪天候でも新聞を届けるのが当たり前」と考える人も少なくない。もし今後、危険を避けるべく台風が来るたびに計画的な配達の中止や遅延を実施すれば、読者のなかには「サービスが低下した」と受けとめる人も出てくるに違いない。
こうした購読者側の誤解を解き、意識を変えてもらうためには、新聞社から読者に向けた告知が必要だ。例えば下記は2019年10月の台風19号のときの岩手日報社ホームページの社告である。新聞配達員の安全確保に言及している点で、小さな配慮ではあるが、一歩前進であることは間違いない。
『台風19号の影響で新聞の配達が遅れる場合があります。配達員の安全確保のため配達できない場合には翌日の新聞と一緒に配達させていただくこともあります。ご理解をお願いします』(一部抜粋。現在このページは削除されている)
ただし、こうした告知はネット上だけでは不十分である。上のような新聞社の社告に自主的にアクセスして見る読者は多くはないだろう。したがって台風直前だけでなく、平時(例えば新聞週間や防災週間など)にも新聞紙面上ではっきりと告知することが大切だ。「気候変動により台風等の気象災害の激しさが増していること」「新聞配達員の命を守らなければならないこと」の2つである。これらを明確に訴えることで、新聞購読者の理解も進むものと考える。
■折込広告会社→広告主(クライアント)に向けた告知
お金を払っているのだから悪天候でも約束通り新聞を配達してもらいたい。そう考えているのは購読者だけではない。高い広告宣伝費を費やして折込広告を出す広告主(クライアント)は、読者よりもさらにシビアな目で新聞配達サービスをチェックしているかもしれない。指定した地域と曜日に指定枚数のチラシが適切に配布されているかどうかは、彼らにとって気になるところだ。
折込広告の集配を一手に引き受ける折込広告会社の多くは「折込広告取扱基準」をHPなどに掲載している。倫理基準が中心だが、最近はこれに「災害時基準」を追加掲載している折込広告会社も少なくない。災害時には(折込チラシを含む)新聞を配達できない場合があることを規定した免責条項である。
あくまで折込広告会社からの広告主に対するメッセージではあるが、見方を変えれば災害時における新聞販売店の免責でもあるので、この種の「災害時基準」はすべての折込広告会社で掲載するのが望ましい。
(了)
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