日常の業務だけでも手一杯なのに、ある日上司や社長から「今日から君は防災担当ね」と思いもよらぬ役を振られた。そんな経験はないだろうか。管理者ではなく、防災に関するよろず担当者となって備蓄品を揃えたり防災訓練をしたりしなくてはならなくなった。
そこであなたは「最近、災害も多いし、どうせやるなら効果的なものをやりたい」と考えた。とはいえ、何をどうすれば今までより効果的な防災ができるのか。就業時間中に新しく防災のための時間を取ることは難しいだろう。ではどうすれば……。
ご安心ください、方法はある。同様の課題に取り組んだある県とNPOの例を見ながら、「意欲薄い組織で防災教育を展開するコツ」を考えてみよう。
「今のままで十分」「時間も人手もない」を超えるには?
参考にしたいのは、会社ではなく学校教育の中で防災意識を高めようとした例だ。
「大人世代ももちろんですが、これからの時代を背負う若い世代への防災教育は絶対に必要です。そのためには、学校の中で防災教育を行うのが一番効率がいい。でも、そうもいかない事情も分かっていました。そこで、その壁を越える方法を考えることからスタートしました」と話すのは、認定NPO法人「かながわ311ネットワーク(以下、311ネット)」理事の石田真実さん。
311ネットは東日本大震災以降、県内で災害ボランティアに取り組んできたメンバーが中心となって2013年に設立されたNPOだ。東北はじめ、被災地支援を行うとともに地域に根ざした防災活動を展開してきた311ネットは、大人向けの防災講座などを展開する一方で、設立以来ずっと学校での防災教育に関わりたいと思っていた。しかし、それは一筋縄ではいかなかった。なぜだろうか。
石田さんは「私は以前、中学校の教員でした。学校は教科はもちろんですが部活やさまざまな指導、総合学習や意識して取り入れるべき〇〇教育——たとえば平和、環境、人権、食育などが150近くもあります。教員は日常業務で精一杯の中、さらに新しいものを取り込むにはかなりの努力が必要です」と打ち明ける。
学校現場からよく聞かれるのは以下のような点だ。
「ほかにもやらなければならないことがあるのに、これ以上増えるのは負担」
「何をやったらいいのか、分からない」
「従来からやっていること(避難訓練など)で十分」
これらのセリフ、どこかで聞いたことはないだろうか? そう、これは防災について企業などから漏れ聞く内情と共通しているのだ。
気持ちはあっても防災に時間を割けない組織でどう取り組んでいくか。311ネットではこれを解決する方法を考え、2015年度に神奈川県が主催する「かながわボランタリー活動推進基金21」に応募し、その内容が認められ採択となった。事業名は「児童・生徒の防災教育推進事業」で神奈川県教育局総務室をパートナーとした協働事業である。
石田さんたちは「いかに教員に負担なく、効果的な防災教育を考案するか」という点を最重要視した。まず、各教科の教科書を見ながら、防災的な要素がないかどうかを精査した。すると、どの教科の中にも防災教育と結びつけられる要素が散見されたのである。
その後、小1から中3まで各学年で必要と思われる防災の要素を書き出し、教科の中に落とし込めるポイントを探した。たとえば小2では生活科まちあるきの授業に「まちあるきの訪問先で災害についての質問をしよう」という内容を取り入れた。ほかにも特別活動や生活、道徳の時間でも、既存の内容に防災を盛り込んだ。
小5~小6ぐらいになると全教科で展開が可能だ。社会では「暮らしと環境」「流れる水の働き」を考える授業で、また理科では「地震による大地の変化」の単元でまさに自然災害について学ぶことができる。
算数や数学でも防災教育はできる。百分率とグラフを学ぶ際に地震の確率を用いて問題を作ったり、速さの表し方を例にした問題を作れば、算数の時間でも防災が身近になってくるのだ。
事業では2015年は神奈川県下の小中学校で行われている防災教育の実態調査と、それに呼応する形でのプログラム作成をすすめ、2016年から座間市の入谷小学校、横浜市の中川西中学校と並木中学校の3校をモデル校として防災教育を展開、そのほかの学校でも単発で職員研修やDIG(災害想像ゲーム)授業などを行っている。
実際に学校や教員の反応はというと、たとえば防災教育研究指定校になった小学校では、計画書を作成する時点で「何をどうすればいいのか分からない」という状態だったが、石田さんが職員に向けて研修を行った際に「目からウロコ、こういう発想はなかった。既存の授業で対応できるとは思わなかった。これなら計画が立てられる」という声が上がったという。
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