2016/06/09
【6月第1特集】 熊本地震の検証 6人の専門家に聞く“教訓をどう生かす?”
支援物資供給上の課題
自治体にとって、長年の実績があるプル型に比べてプッシュ型には未知の部分が多い。熊本地震では、プッシュ型へ移行した後も支援物資の受け手となる自治体や避難所と政府との間で支援物資の内容や輸送先に関する意思疎通が不十分だったり、受け手側の人手不足のために避難者への物資供給が滞ったりとの事例も見られた。こうした混乱は、平素から国と自治体との間でプッシュ型に関する業務要領の確認、人手の確保、実際的な訓練などが不十分であったことを物語っている。
特に、被災直後に支援物資供給に従事できる人数には限りがあるため、最小限の人手で実施可能な支援物資供給態勢を構築する必要がある。このため、支援物資を備蓄倉庫や一次保管場所から指定避難所に直送し、荷下ろし・仕分け・積載という人手を要する中間結節を極力設けないことが重要である。また、支援物資供給のマニュアルを整備するとともに、支援物資のニーズ予想・把握、在庫管理、輸送車両の運行管理などを人手に頼らず実施できるネットワークシステムも不可欠である。なお、こうしたマニュアルやシステムは、異なる自治体の職員らが容易に相互支援できるよう全国で標準化し、実際的な訓練を継続的に行うことが重要である。
東日本大震災の後、福島第一原発の事故対応等を巡って政府の対応が厳しく問われた。他方、被災自治体の対応は厳しく問われたであろうか。震災から5年経った今日でも、震災の現場で苦悩した自治体(あるいは首長)に対して対応の是非を厳しく問うことは、ちゅうちょされている。しかし、大規模災害に見舞われた被災者と自治体の辛苦を今後に生かすためには、事実関係を白日の下にさらし、責任は問わないまでも組織と首長のリーダーシップの問題点を明確化し、改善策を議論して公表し、改善状況を検証することが必要である。支援物資の供給において東日本大震災と熊本地震で映し出された同じ場面を、次なる大規模災害で再び映し出さないためにも。

吉富 望(よしとみ・のぞむ)
日本大学危機管理学部教授
1983 年に防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。野戦特科部隊勤務および陸上幕僚監部、防衛省情報本部、防衛省内局、内閣官房内閣情報調査室等の勤務を経て2007年から第1地対艦ミサイル連隊長、2009 年から防衛大学校教授、2013 年から陸上自衛隊研究本部総合研究部第1研究課長、2015 年4 月に陸上自衛隊を退官(退官時の階級は陸将補)し現職。主たる研究分野は、アジア太平洋地域の安全保障、陸上自衛隊の態勢、自衛隊(軍)による人道支援・災害救援、民軍連携。
【学歴】1983 年3月、防衛大学校(国際関係論専攻)卒業。2006年3月、拓殖大学大学院国際協力学研究科修士課程修了。修士(安全保障)。2013 年3月、拓殖大学大学院国際協力学研究科博士後期課程単位取得退学。
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