2016/05/24
誌面情報 vol55
震災の経験を語り継ぐ新しいツーリング事業

「初めは、ボランティアの方々に食事を提供するくらいしかできなかった。そのうち、ボランティアの皆さんに、この町をもっと知ってもらおうと思って、ぽつりぽつりと語り部ガイドを始めた。初めは嫌でしょうがなかったが、みんなに話を聞いてもらっているうち、こちらが救われた気分になった」と話すのは、一般社団法人「おらが大槌夢広場」代表理事の臼沢和行氏。多い時には1日300人、これまで延べおよそ1万5000 人に大槌町の思い出を語ってきたという。

ツアー事業に本気で取り組もうと思ったきっかけは2011年11月、まだ被災の爪痕も深く途方に暮れていた臼沢氏らを、インドネシアから来たアチェの子どもたちが訪問した時だ。彼らはスマトラ沖地震の津波で両親を亡くし、孤児になった子どもたちだった。子どもたちは「大丈夫だよ。津波で何もなくなったけど、きっといい町になるから」と語りかけてきたという。
臼沢氏は「貧しい国で、両親が亡くなった子どもたちが、なおキレイな目で大丈夫だよって言ってくれたことに、とても勇気づけられた。何もなくなったことで、かえって大事なものは何かがわかったのではないか。子どもたちのまっすぐな目が、そう私たちに教えてくれた」と当時を振り返る。
「おらが大槌夢広場」がユニークなのは、高校生から高齢者まで、さまざまな人が語り部となり、一人ひとり全く異なったエピソードを、自分の言葉で参加者に語り掛けることだ。通常、「語り部ガイド」はある程度の台本を用意し、その通りに客に読み聞かせる。しかし臼沢氏はそのことにずっと違和感を持っていたという。一人ひとり、大事な思い出や物語は違うはず。自分の言葉で、自分のことを話しているうちに、『それなら私にもできる』と高校生や地元の人たちが語り部を買って出てくれるようになったという。
企業研修プログラムを開始
ツアー客と接するうちに、この町の人々が体験した経験こそが、この町の財産なのではと感じるようになった。そこで「おらが大槌」では、単なる視察ツアーだけでなく、町の経験を生かした新たな企業研修プログラムを開発した。
「大槌町はゼロになってしまったが、それは焼け野原になった戦後と状況が一緒。何もないからこそ、見直さなければいけないもの、本当に大事なものが見えてきた。防災ではなく、私たちの経験をもとに、リーダーシップやコミュニケーションの重要さを勉強できるワークショップができるのではないかと考えた」(臼沢氏)。
研修プログラムは、相手によってオーダーメードで作り上げる。語り部ツアーをはじめ、林業体験などできるだけ地元の人々と接することに多くの時間を割いているという。ユニークなのは、チームで「負の自己紹介」をしあうことだ。「皆さん企業研修では、どうしてもほかのメンバーに負けたくないという思が強くなってしまう。自己紹介でまず自分の負の部分を紹介してもらうことで、自分の弱みを見つけ、チームの大切さを学んでもらう。多くの人が犠牲になったこの町で、自分の言葉で自分の弱さや後悔までさらけ出す語り部の話を聞いた後では、自然と心の鎧を脱ぐことができる」とする。
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