「リスク対策.com」VOL.52 2015年11月掲載記事

真の課題を解き明かす

避難指示のあり方など、市長をはじめとする常総市への批判が集中しているが、その時、その判断のあり方だけを取り上げて論じると本質を見誤ってしまう。これまでに経験したことがないこと、考えてもいないことが突然起きれば、誰もがパニックに陥り、正しい判断を下すことはできない。だからこそ、事前の「計画=プラン」と、その想定を上回る事態へ対応するための「計画の策定能力=プランニング」の双方が求められる。それを実現するには、一組織だけではなく災害対応にあたる組織間の連携が不可欠になる。そのために、あらかじめどのタイミングでそれぞれの主体が何をするかを決めておくのがタイムライン防災である。そんな視点から、今回の鬼怒川決壊への対応を検証する。

※溢水・越水:川などの水があふれ出ること。堤防がないところでは「溢水」、堤防のあるところでは「越水」

判断を迷わせた溢水と危険情報
常総市の災害対策本部は庁舎3階にある。実働部隊である安全安心課は2階に位置する。災害対策本部には課長が常駐し、そこで得た情報を2階の課に伝え対応にあたっていた。 

連携が難しかったことは想像に難くない。安全安心課のある職員は「県のような大きな対策本部室なら、もう少し全体の状況が分かりやすかったかもしれない」と語る。 

そもそも常総市役所の庁舎は2014年11月末に竣工した全国でも最新鋭の施設だ。東日本大震災で震度6弱の揺れを観測した常総市では旧庁舎が大きな被害を受け、「市民が集う、親しみがある庁舎」を理念に建設された。3階建ての低層構造で地震への耐震性は高いが、洪水の被害については十分に想定されていなかった。市の洪水ハザードマップでは、市役所は1~2mの浸水予測地域に建てられている。最初から洪水のリスクが軽視されていたことはこの時点で明らかだ。 

当日の対応に話を戻すと、対策本部が設置されたのは10日の午前0時10分。2時20分に「溢水」現場の若宮戸から近い、玉地区、本石下、新石下の一部に避難指示を発令している。この溢水現場については、すでに数々のメディアで報じられている通り、民間業者が大規模太陽光発電所(メガソーラー)を建設した場所である。1年半以上も前から、「無堤地帯」ということに加え、民間業者が自然堤防の役割を果たしていた川岸の砂丘を掘削したことについては議会でも問題視されていた。そのこともあり、鬼怒川の水が溢れるとすれば、それは「決壊」ではなく、この若宮戸地区からという思い込みが関係者にはあったのだろう。 

現地を歩けば分かるが、この現場と決壊の現場は4kmも離れている。 

結局、若宮戸地区は午前6時30分に溢水した。ここから事態は急変していく。

溢水が起きて約2時間後には、今度は溢水現場から15kmも下流である小谷沼という地区で「越水」の危険性があるとの連絡が対策本部に入り、地元消防団(3分団と9分団)が土のう積みにあたった。この辺は堤防が1m以上も低くなっている場所で、8時45分には小谷沼周辺の坂手地区、内守谷地区、菅生地区に避難勧告が発令されている。この時の避難勧告の情報はなぜか市のホームページでも公表されていない。溢水現場の若宮戸からは、はるか下流で、しかも若宮戸とは反対の鬼怒川の西側である。この時点で災害対策本部も安全安心課も完全にパニックに陥ったのではないか。市安全安心課の職員は「あちこちから一斉に河川の危険性に関する電話がかかってきて、対応に追われました」と振り返っている。