第12回(最終回) 不祥事抑止のための平時の備え
弁護士法人中村国際刑事法律事務所/
代表パートナー弁護士
中村 勉
中村 勉
1994年から8年間、検事として勤務。東京地検特捜部にも所属し、数々の事件を手掛けた。その後、あさひ・狛法律事務所(現、西村あさひ法律事務所)国際部門に入所、フルブライト留学生としてコロンビア大学ロースクールへの留学などを経て、2009年9月に中村国際刑事法律事務所を設立。東京地検特捜部検事時代は多くの企業不祥事事件の捜査に携わり、弁護士登録をしてからも、社内調査委員会の委員を務めるなどして、不祥事に関わる企業法務の経験を積む。テレビなどコメンテーターとしても活躍。2016年に大阪事務所、2019年1月に名古屋事務所を開設。
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1.平時の備えの重要性
これまで11回にわたって、企業不祥事が発生した場合の社内調査の進め方について解説してきました。社内調査の端緒としていかなるものがあるか、それぞれの端緒に即した社内調査の進め方はいかにあるべきか、実際の調査手法としての電子メール、監視カメラ等の問題点やヒアリングの具体的手法についても詳述しました。また、社内調査の結果をいかに公表すべきかを解説し、前回は子会社の不祥事問題にも言及しました。
今回はこのシリーズ最終回として、少し角度を変え、企業不祥事を防ぐために平時において何をなすべきかについて解説を試みたいと思います。平時の備えこそ不祥事予防の最たるものであり、常に不祥事と背中合わせにあるとの高いコンプライアンス意識をもって普段の業務に当たることこそが、職場に緊張感をもたらし、モラルハザードを回避するための近道となります。
平時の備えとしては、これまでにも触れた不祥事抑止手段としての様々なツールがありました。電子メールや監視カメラでのモニタリングも不祥事が発生していない段階における平時の備えでした。また、所持品検査、アルコール検査等もそのような不祥事抑止のための平時の備えと言えるでしょう。
しかし、ここでは、そのような行動監視による平時の備えではなく、むしろ個々の会社構成員の意識そのものに焦点を当てた平時の備えについて解説します。
「備えあれば憂いなし」との格言にあるように、平時の備えこそが、不祥事の抑止という意味でも、不祥事が起きたときの冷静かつ的確な対応といった意味でも重要です。
2.経営トップのコンプライアンス意識の向上
企業不祥事の原因には様々なものがありますが、経営トップが利益第一主義に傾き過ぎてコンプライアンスを軽視したり、株主、債権者、一般消費者等のステークホルダーの利害よりもむしろ自己の利益に関心が高く、会社を私物化するような姿勢で経営に当たるとき、企業不祥事は遅かれ早かれ発生するでしょう。会社の私物化によって「何をやっても文句を言うものは出ない」「不正をしてもばれることはない」といった慢心が経営トップの心に巣食っていくからです。
このような経営トップをもつ会社は、中間管理職やその他従業員も、経営トップに対して「何を言っても無駄だ」との厭戦感にとらわれ、「上司の命令ならば仕方がない」という、いわば歪んだ自己正当化とモラルハザードが全社を支配するようになります。近時における、オリンパス損失飛ばし事件のような事案がこれに当たります。同事件では、歴代社長は透明性やガバナンスの意識があまりなく、社員は正しくとも異を唱えれば外に出される覚悟が必要でした。このことは、社長を解任させられたマイケル・ウッドフォード氏の処遇をみれば明らかです。役員間には会社私物化の意識が蔓延していたのです。
また、大王製紙の不祥事も同じような不祥事構造でした。大王製紙は前会長である井川氏が子会社7社から巨額の借り入れを不正に行ったとして告発されましたが、これは子会社7社の不祥事でもあります。そのような巨額の融資を明確に拒否できないところに、問題の根源があります。オーナー会社によく見られるように、家族的経営システムのもと閉鎖的企業風土が醸成され、上層部に意見が言いにくい雰囲気があったとみられます。
このように、経営トップのコンプライアンス意識の欠如によって不祥事を呼び込むことが多く、これに対する対策が必要です。それには、経営トップ自らの意識改革が必要であることはもちろんですが、それだけでは不祥事は防止できません。1つの方策として、経営トップの行動を倫理的に縛るような最高規範たる企業行動憲章ないし最高倫理行動規範のような制定文を作成し、制定することが有効です。いわば、会社にとっての倫理的な憲法です。そして、代表取締役就任の際には、株主総会等において、この企業行動憲章を遵守することを宣誓し、それをもって企業経営トップの全社員に対するコンプライアンスメッセージとするのです。
3.不祥事抑止のための役員研修・社員教育
(1)役員研修・社員教育の重要性
企業不祥事には、列車事故、航空機事故、エレベーター事故等の事故事件型の不祥事と、特別背任、横領、架空取引詐欺、インサイダー取引などの倫理違反型の不祥事とがあります。いずれの類型の不祥事にあっても、質の高い研修や優れた教育によって回避することが可能です。役員研修や社員教育によって知識・技術を補い、倫理観を高めることは、企業不祥事の抑止に直接的な効果があります。役員の心の中にある「何をやっても文句を言われることはない」「不正をしてもばれることはない」といった慢心や、部下の心の中にある「上司の命令ならば仕方がない」というモラルハザードは、意識のもち方次第で変わります。役員研修や社員教育を通しての、そのような意識改革が何よりも重要です。関連法令・作業基準・規定マニュアル等の知識の確認と技術の向上を図り、同時に、倫理観を高め、職業意識を涵養させてモラルの喚起を図って、繰り返し教育していくことの重要性はいくら強調してもし過ぎるということはありません。
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