公表しないことが直ちに義務違反になるのではなく、後に発覚したら大問題となる事例について、そのような義務の内容として公表すべきところ、公表しなかった注意義務違反が問題とされました

1.はじめに

これまで、不祥事が社外に明るみになる前の段階での社内調査の手法として、ヒアリングおよび電子メール解析について詳細に解説しました。今回は、いよいよ不祥事が公になるという、まさに会社にとってのクライシスにどう対応すべきか、という問題について、今回と次回の2回にわたって考えてみます。

近年では、テレビ、新聞等を通じて、不祥事の公表という問題が注目を集めています。対応次第では、公表の場である記者会見そのものが不祥事になるということさえあります。前回までのヒアリングやメール解析を通じた社内調査の重要性というのは、まさに記者会見の場を成功させるためにあるといっても過言ではありません。社内調査が不十分であれば、適切な公表実務をなし得ません。その意味で、よい記者会見にはよい社内調査が必要不可欠なのです。

公表の問題を考えるにあたって、そもそも取締役に公表義務があるのかについて考えてみます。以前話題となったミスタードーナツ中華まんじゅう事件の事例を参照しながら、検討を加えたいと思います。

2.取締役の公表義務について

ミスタードーナツ中華まんじゅう事件は次のような事案です。清掃業大手のダスキンは、ミスタードーナツをフランチャイズにして全国展開していて、そのミスタードーナツが販売していた中華まんじゅうに無認可の添加物が混入されていました。無認可の添加物を混入したのは中華まんじゅうの製造会社であり、ミスタードーナツでもダスキンでもありません。 A、B、C という3つの製造会社があり、ミスタードーナツはそれらの製造会社に中華まんじゅうを製造させた上でこれを販売していました。C社の社長が、A社が、製造時に日本では認可されていない添加物を加えている旨をミスタードーナツの幹部に告発しました。ミスタードーナツの幹部がその事実を知った後も中華まんじゅう自体は数週間にわたって販売され続け、その間、当該事実は取締役2名のみが知り、その他11名の取締役は知りませんでした。そしてその後、他の11名の取締役が、A社が無認可の添加物を入れたことを知ったときには、既に当該添加物が含まれた全ての中華まんじゅうの販売が終了していたのです。

そこで、取締役らは次のように判断しました。すなわち、①流通の可能性が今後なく、②健康被害の報告も特にないこと、③当該添加物は日本では未認可ではあるものの、欧米レベルの基準では全く問題なく、健康上害がないとされていること、さらに、④社内で関係者の処分も終了していることから、公表しなくてよいという決断を下しました。

ところが結局、1、2年後に匿名の内部告発が保健所に対してなされ、共同通信の記者が記事にして、それで世の中に明るみになって大問題となり、ダスキンとミスタードーナツは大きなダメージを受けました。

そこで、株主代表訴訟が提起され、裁判で争われました(ダスキン代表訴訟事件控訴審判決、大阪高裁平成18年6月9日判決)。判決では、取締役に損害賠償義務を認めましたが、そのポイントは内部統制構築義務違反ではなく、善管注意義務違反を認定した点にありました。善管注意義務違反とは、不祥事が発生したのを知りつつそれを公表しなかった点ではなく、不祥事が発生し、その危険は既に去っているものの、食品という健康に関わるもので、それを公表しないと後に発覚した時に大問題となるという、発覚後のレピュテーションの低下を防止する義務を取締役に認め、善管注意義務違反を認定したのです。

つまり、公表しないことが直ちに義務違反になるのではなく、ワンクッションを置いて、後に発覚したら大問題となる事例について、レピュテーションリスクの低下を防止するという義務が取締役にある旨を認め、そのような義務の内容として公表すべきところ、公表しなかった注意義務違反が問題とされたのです。取締役の一般的な公表義務を認めたものではないことに注意する必要があります。もっとも、不祥事が発覚し、企業のレピュテーションリスクが低下する恐れが常にあることを考えると、このような判例理論によっても、事実上、一般的な公表義務を取締役に認めた結果になるでしょう。そこで問題は、いかなる場合に取締役に公表義務が発生するか、ということに関心が移ります。

3.いかなる不祥事でも公表すべきか

いかなる不祥事でも公表すべきでしょうか。内部通報等で明らかになった不祥事を全て公表すれば良いかというと必ずしもそうではありません。

本来なら公表するに値しない不祥事までをも公表した結果、「そんな破廉恥な会社だったのか」などと、不必要にレピュテーションを下げ、企業価値が毀損され、企業、ひいては株主の利益を害し、株主代表訴訟に至ってしまうリスクまで存在します。それゆえに、公表すべきか否かの判断は慎重になされるべきです。

この問題で確かに言えることは、公表すべきでないのに公表したことによるマイナス面は、公表すべきであるのに公表しなかったことのリスクに比べればはるかに低いということです。公表すべきであるのに公表しなかったときのリスクはそれほど大きいのです。従って、公表すべきかどうか迷ったら、公表した方がよいということになります。

例えば、不祥事自体の隠蔽、放置によるレピュテーションの低下は、企業にとって命取りとなり、多くの報道事例にみられるように、 倒産に至りかねません。不祥事それ自体は、公になることで一時的には企業バッシングが激しくなるものの、公表も適時に行い、社内調査もしっかり行って事後処理が適切に行われるならば、一年後にはシェアをほぼ回復するという事例が多いです。その反面、不祥事を隠蔽するような対応を誤ってとってしまったばかりに、倒産という取り返しのつかない結果を招いてしまうのです。

また、不祥事を放置した場合、マスコミも後追い記事を書いたり特集記事を組んだりするので、企業の受けるダメージは大きく、トップの辞任にとどまらず、 結局、 消費者から見放されて倒産に至るケースも多々見受けられます。

そこで、公表すべき不祥事とすべきではない不祥事を、いかに見分けるかということが重要になってきます。