2019/07/22
もしも社内で不祥事が起きたら
4. 懲戒処分の実施タイミング
(1) 無罪推定の原則と懲戒処分
不正行為が捜査機関に発覚する前に、内部通報等を通じて会社に露見し、社内調査の手続きにおいてそうした不正行為の概要と不正行為者が判明した場合は、当然のことながら、捜査機関による捜査を待たないで当該不正行為者を懲戒処分とすることができます。
一方、社内で不正行為が発覚する前に、不正行為者が捜査機関に逮捕されるなどして、社内調査と捜査とが並行して実施される場合には問題があります。ここで問題となるのは「無罪推定の原則」です。これは、何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定されるという刑事手続きの大原則です。もっとも、これはあくまでも刑事手続きにおけるルールであり、一般社会生活上のルールではありません。そのため、労働関係においてまで、刑事裁判により有罪が確定するまで処分できないということにはなりません。
しかし現在では、労働法上の従業員の身分についてもこの原則を参考にしながら、取り扱いについて段階的に検討していくというアプローチが取られています。特に、対象者が否認している場合には、慎重に対応する必要があります。具体的には、検察官の終局処分を待って、起訴された場合には起訴休職とし、有罪判決が確定して初めて懲戒処分とする配慮が必要でしょう。
(2) 逮捕・勾留された場合の取り扱い
まず逮捕・勾留中ですが、この場合、会社に何の連絡もなく欠勤が続いた場合は無断欠勤に当たります。しかし、家族から連絡があり、逮捕され身柄が拘束されているために出勤できない場合には、多くの会社では欠勤扱いもしくは年次有給休暇の消化という形で取り扱っています。現に私が担当していた事件でも、有給休暇の消化という形で扱ったものがあります。中には、人事担当者が、逮捕された従業員が勾留されている警察署に赴き、面会の上、辞職届に署名押印してもらう事例もありますが、のちに不起訴ないし無罪となった場合、本人が認めていなかったにもかかわらず、無理に署名させられたとして将来争われる可能性があります。本人が認めている場合には告知聴聞の機会としては、本人への面会で十分であるという考え方もあると思いますが、事件の内容や性質等について解明できていない段階で、重い懲戒処分を科すことには問題があり、検察官による最終的な処分を見守り、一定の結論が出てから慎重に懲戒処分について検討するのが妥当です。
(3) 不起訴とされた場合の取り扱い
検察官の捜査処理としては、不起訴と起訴があります。起訴の中でも、正式起訴と略式罰金があります。また、不起訴にも「起訴猶予」、「嫌疑不十分」、そして「嫌疑なし」という三種類があります。不起訴になった場合でも、起訴猶予なのか、それとも嫌疑不十分あるいは嫌疑なしなのかによって、処分の軽重は異なると思いますので、処分内容に注意すべきです。もっとも、嫌疑なしというのは人間違いで逮捕した場合等に限られ、実際上はほとんどありません。
嫌疑不十分というのは、この人を犯人にするには証拠が足りず、起訴するには証拠が不十分であるということを言います。起訴猶予というのは、この人が犯人であるという証拠は十分あるのですが、前科前歴がないことや示談が成立していることなど、諸事情を考慮して今回は起訴しないという判断のことを言います。
したがって、不起訴と一口で言っても、起訴猶予と嫌疑不十分では全く異なると言えます。起訴猶予であれば、犯人であるという証拠がある以上、懲戒処分は可能となります。逆に、嫌疑不十分な場合は犯人性、事件性に疑義があるということですから、懲戒処分、特にその重さについては、特段の注意を要します。
例えば、国鉄厄神駅職員事件においては、女子高生を強姦したという容疑で逮捕・勾留されましたが、本人は否認し、その後、被害者の父親が告訴を取り下げ起訴猶予となりました。この事案では、証拠十分で起訴猶予として不起訴処分がなされたのに対し、懲戒解雇とした処分を有効としました。前述のように、起訴猶予というのは、検察官の意見は犯人に間違いないということです。しかし、告訴がないから起訴できないという判断にすぎず、それに基づく懲戒解雇は有効とされた判例です。
また、大津郵便局職員事件では、強姦致傷行為をしましたが、告訴が取り下げられ、起訴猶予処分となりました。その後、懲戒解雇になった処分について有効と判断しました。
かかる2つの判例に見られるように、本人が認めているか、否認しているかということは重要ですが、それだけで懲戒処分の適法性が決まるものではありません。最終的に国家機関としての公的な立場にある検察官がどのような判断を下したのか、起訴猶予なのかそれとも嫌疑不十分なのかが重要となります。
- keyword
- あなたの組織の内部通報制度は機能するか?
もしも社内で不祥事が起きたらの他の記事
- 第12回(最終回) 不祥事抑止のための平時の備え
- 第11回 子会社、海外子会社の不祥事調査
- 第10回 懲戒処分のリスク・マネジメント
- 第9回 不祥事公表のリスク・マネジメント その2
- 第8回 不祥事公表のリスク・マネジメント その1
おすすめ記事
-
なぜ製品・サービスの根幹に関わる不正が相次ぐのか?
企業不正が後を絶たない。特に自動車業界が目立つ。燃費や排ガス検査に関連する不正は、2016年以降だけでも三菱自動車とスズキ、SUBARU、日産、マツダで発覚。2023年のダイハツに続き、今年の6月からのトヨタ、マツダ、ホンダ、スズキの認証不正が明らかになった。なぜ、企業は不正を犯すのか。経営学が専門の立命館大学准教授の中原翔氏に聞いた。
2024/11/20
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/11/19
-
ランサム攻撃訓練の高度化でBCPを磨き上げる
大手生命保険会社の明治安田生命保険は、全社的サイバー訓練を強化・定期実施しています。ランサムウェア攻撃で引き起こされるシチュエーションを想定して課題を洗い出し、継続的な改善を行ってセキュリティー対策とBCPをブラッシュアップ。システムとネットワークが止まっても重要業務を継続できる態勢と仕組みの構築を目指します。
2024/11/17
-
-
セキュリティーを労働安全のごとく組織に根付かせる
エネルギープラント建設の日揮グループは、サイバーセキュリティーを組織文化に根付かせようと取り組んでいます。持ち株会社の日揮ホールディングスがITの運用ルールやセキュリティー活動を統括し、グループ全体にガバナンスを効かせる体制。守るべき情報と共有すべき情報が重なる建設業の特性を念頭に置き、人の意識に焦点をあてた対策を推し進めます。
2024/11/08
-
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2024/11/05
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方