ヒアリングにおける質問の方法はオープン質問法と一問一答法の両方を採用し、状況によって使い分けます

1.はじめに

これまで数回にわたり、内部通報をした者そして関係者に対するヒアリングについて解説してきました。ヒアリング手法についての最終回の今回は、嫌疑対象者に対するヒアリングについてお話します。

社内調査は、企業不祥事を解明し、不正を行った者を突き止め、この者に対して懲戒処分を行って企業のガバナンスを回復することを目的とした特殊な企業行動です。不正を行った者を特定する作業が、電子メール調査、業務文書精査、PC解析等の客観的証拠収集であり、関係者ヒアリングであるならば、こうして特定された者、嫌疑対象者が最終的に当該不正を「自白」してくれさえすれば、社内調査の目的はほぼ達成されたと言えます。しかし、なかなかそう簡単にはいかないのが、強制捜査権のない企業による社内調査の難しいところです。

本稿では、嫌疑対象者に対するヒアリングがどのような目的をもったもので、その手法において関係者ヒアリング等とはどのように異なるのか、否認を貫く嫌疑対象者にどのように対応し真実を語らせるか、「自白」した場合の証拠化はどのように行うかといった点について解説をします。
 

2.嫌疑対象者に対するヒアリングの目的

前回までで述べたような手法により、社内調査では、内部通報者そしてあらゆる関係者から有益な情報をできるだけ多く収集し、それによって嫌疑対象者を特定し、調査の最終局面において嫌疑対象者と対峙することとなります。嫌疑対象者に対するヒアリングの目的は、総論で述べたように、なんといっても「自白」を獲得することにあります。自白を得ることが重要な理由は、懲戒処分を科す場合、関係者供述等だけでは不十分な場合が多く、自白によって初めてこれらの周辺証拠資料の信用性が確認できるという点です。さらに重要なことは、嫌疑対象者の自白により不正の具体的手口が明らかになり、不祥事の真相解明がなされ、再発防止策を具体的に講じることが可能になるという点を挙げることができます。

いくら関係者からの情報が豊富に集まっていても、本人でなければ知り得ない犯行手口や犯行動機は自白によらなければ完全に明らかにされません。嫌疑対象者に懲戒処分を科すことだけが目的であれば、否認していても他の証拠だけで懲戒処分を科すことは決して不可能ではないがありませんが、具体的な犯行手口や動機が解明されなければ、不祥事の再発防止策を確立することは困難です。

このように会社のガバナンスを回復させるために「証拠の王」たる嫌疑対象者の自白を得ることがヒアリングの重要な目的となるのです。
 

3.嫌疑対象者に対するヒアリングを成功させるためには

(1)嫌疑対象者ヒアリングの前の周到な準備

嫌疑対象者に対するヒアリングを成功させる、つまり、自白に導くためには、事前に周到な準備が必要です。電子メールや関連業務文書等の収集しかり、関係者の証言しかりです。ヒアリングを実施するころには、既に勝負ありという程度に嫌疑対象者による不正行為の事実を支える証拠や証言などの情報が豊富に収集されていなければなりません。

前回までに説明したように、関係者ヒアリング等を通じて、「キー・セリフ」を得ておくことも重要です。そして、そのように周到になされた準備の上で調査者が自分なりに時系列を作り、それを頭に叩き込んで実際のヒアリングに臨むのです。また、相手からの予想反論を考え、それに対する「反対尋問」をあらかじめ想定しておくとよいでしょう。
 

(2) 嫌疑対象者ヒアリングにおけるオープン質問法と一問一答法の使い分け

ヒアリングの実施に際しては、まず不正事実の要旨の告知をすることもありますが、これは、詳しい内容を告げずに抽象的なものにとどめるべきです。詳細に告知すると、対象者に口裏合わせのヒントや証拠隠滅の機会を与えてしまいかねません。そして、嫌疑対象者に対して答弁を求めます。認めるのか、認めないのか。否認した場合の対処法は後述します。

ヒアリングにおける質問の方法はオープン質問法と一問一答法の両方を採用し、状況によって使い分けます。嫌疑対象者が自白した場合には、オープン質問法により犯行の詳細を自由に語らせます。当初否認しても自白に転じた場合には、やはりオープン質問法に切り替えて詳細に犯行手口を聴取します。これが、前述したように真相の解明、再発防止策の構築につながるのです。これに対して、否認を貫く場合には、一問一答法に即座に切り替えて、追及することになります。その具体的テクニックは後述します。
 

(3)自白の信用性吟味と証拠化

ところで、自白した場合には、それだけで喜んでいてはいけません。稀に真犯人を庇うために虚偽の自白をすることもあるからです。そこで、自白内容が関係証拠や関係者供述と整合するかどうかを慎重に確認してその信用性を吟味する必要があります。

こうして自白が信用できるとされた場合、嫌疑対象者に対して、自書により自認書を作成させる必要があります。この場合、望ましいのは全文自書です。ヒアリングを行った者が作成したものに対して当初は「以上間違いない」と認めていて、後になって否認に転じて「そんなものは書いていない」「作文だ」などと弁解される場合も少なくありません。

自認書の作成中は調査者は席をはずすなどの配慮も有効です。これは、後に裁判等で、「調査担当者が言ったことをそのまま書いたに過ぎない」などと弁解して自認書の信用性を争われることがあるからです。このような弁解を封じる方法として、自認書に動機を入れることが重要です。不正を行った者の個人的な動機を他人が「作文」することはなかなかできないからです。最後に署名押印がされているかどうかを確認し、これで貴重な自白が証拠化されることになります。
 

4.ヒアリングにおける「秘密録音」の可否について

社内調査の過程で自白した嫌疑対象者が、後の裁判等で否認に転じて「自白」の信用性が争われる場合を想定し、ヒアリングに際して、嫌疑対象者に告知することなくして会話を録音することが許されるでしょうか。

この点、会話の当事者双方の了承を得ずに行われる「盗聴」は違法となります。関連法令としても、有線電気通信法、電気通信事業法、電波法等に触れます。しかし、当事者である調査担当者が了解の上で嫌疑対象者に知られずに行う「秘密録音」については、これを違法とする法律はなく、原理的にも違法ではありません。調査活動としてのヒアリングにあっては、ヒアリング対象者のAさんは、ヒアリング担当者Bさんに話した内容が「Bさん限りの秘密にしてくれる」などといった期待は有していません。当然、Bさんは社内調査に従事している上司にヒアリング内容を報告するであろうし、報告書も作成して上司の決裁を得るであろうことをAさんも理解しています。

換言すれば、ヒアリング対象者は、ヒアリングに際しての会話の内容を相手方、即ちヒアリング担当者の支配に委ね、会話内容の秘密性ないしプライバシーを放棄しているのです。そこに違法の問題は起こりません。判例上も古い下級審判例の中には違法とする判例もありましたが、現在では最高裁も含め、秘密録音を違法と判断した例は存在しません。