第5回 社内調査における ヒアリング手法(3) 関係者に対するヒアリング
弁護士法人中村国際刑事法律事務所/
代表パートナー弁護士
中村 勉
中村 勉
1994年から8年間、検事として勤務。東京地検特捜部にも所属し、数々の事件を手掛けた。その後、あさひ・狛法律事務所(現、西村あさひ法律事務所)国際部門に入所、フルブライト留学生としてコロンビア大学ロースクールへの留学などを経て、2009年9月に中村国際刑事法律事務所を設立。東京地検特捜部検事時代は多くの企業不祥事事件の捜査に携わり、弁護士登録をしてからも、社内調査委員会の委員を務めるなどして、不祥事に関わる企業法務の経験を積む。テレビなどコメンテーターとしても活躍。2016年に大阪事務所、2019年1月に名古屋事務所を開設。
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1.はじめに
前回は、社内調査の端緒となる内部通報をした者に対するヒアリングについて解説しました。今回は次のステップとして、基本的に内部通報者へのヒアリングから得た情報、そして収集した客観的資料をもとに行う関係者に対するヒアリングに関して、その目的と手法等についてお話します。
ここで、関係者ヒアリングを実施する際の注意点を一言で指摘しておくと、それは証拠破壊行為の防止にあります。内部通報者→関係者→嫌疑対象者といったステップでヒアリングは進んで行きますが、それは不正関与者に近づいていく過程でもあります。関係者の中には、嫌疑対象者ではないものの、不正行為を直接 知っている者、嫌疑対象者と通じている者、何らかの形で幇助(ほうじょ)的に不正に関与している者が含まれている場合があります。それゆえ、関係者ヒアリングの順序や手法を間違えると、せっかくそれまでに積み上げた調査の成果を無にしてしまう結果となりかねません。このようなリスクを最小限にする手法こそが関係者ヒアリングで求められているのです。
2.関係者に対するヒアリングの目的
前回述べたように、内部通報者に対するヒアリングの目的は、通報事実が不祥事と言えるか否かを明らかにし、社内調査を開始すべきか否か、開始するとしてその規模をどの程度のものにするかを見極めることにあります。
他方、関係者に対するヒアリングでは、不祥事に関連した情報をできるだけ多く収集し、後に実施される嫌疑対象者に対するヒアリングに際してその者を追及するために有益な情報を収集することが要となります。
言うまでもなく、社内調査が成功するか否かは、どれだけ関連情報を入手できるかにかかっていて、「情報」こそが社内調査の生命線です。こうした情報は、客観的な証拠資料、例えば、電子メール、 PC分析、社内文書、ビジネス手帳などの証拠資料によって大量に入手することができますが、最後はこれらの証拠資料について関係者に説明してもらうことが必要です。それを行う場が関係者に対するヒアリングなのです。後述するように、関係者ヒアリングにおいては「証拠資料収集とセットで」 常に、 ということを念頭におかなければなりません。
3.関係者とは誰か?
関係者ヒアリングにおける「関係者」とは、当該不祥事に関連する情報を有すると思料される者で、問題となっている不正行為を行った者以外の者をいいます。関係者ヒアリングでは、そのような者がヒアリン グの対象者となります。ここで重要なことは、場当たり的に関係者を呼び出して直ちにヒアリングを実施してはいけないということです。最初に関係者ヒアリングの対象候補者のリストを作り、ヒアリング計画を慎重に策定する必要があります。
後に述べるように、関係者ヒアリングでは、その実施順序が証拠破壊防止等の観点から重要で、実施順序を決めるにあたって、対象候補者のリストを作成しておきます。そのうえで「関係者」にどのような者がいるかを吟味していかなければなりませんが、社内調査の最初に話を聞く内部通報者や不正行為の被害者から原始情報を得る必要があります。例えば、ある事実について内部通報者あるいは被害者からヒアリング をする際に、「あなたの他に誰かその事実について知っている人はいないか、例えば、部長も知らないのか、その下の係長はどうか」ということを聴取します。つまり、内部通報者の他に誰が同じような情報を共有しているのかについて情報を集めるのです。
このようにして確定した関係者ヒアリングの第一次候補者のほかに、そのような者が作成した社内文書や社内メール等の分析を行って、当該社内文書やメールの内容から、さらにそうした第一次候補者と情報を共有している関係者を割り出していき、関係者ヒアリングの対象者を広げていきます。 それと同時に、候補者リストを更新していきます。このような作業によって、関係者ヒアリングの対象者はどんどん広がっていき、例えば、不祥事が長期間にわたって行われているような場合には、場合によっては、 退職した人、OBに対してもヒアリングを実施する必要が生じることもあります。
4.関係者ヒアリングの順序と注意点
このようにして広げたヒアリング対象者たる関係者ですが、これら関係者に対してどのような順序でヒアリングを行っていくか、そのヒアリング計画を策定することが次に重要となります。
まず、どこまでを関係者として確定するかについては、企業不祥事が組織的に行われる性質を有することと、不正はゴーイングコンサーンで代々引き継がれていくという性質に着目する必要があります。そこで、「横」と「縦」を意識しなければなりません。「横」とは引き継ぎ、 「縦」とはラインのことをいいます。
以下の表で説明しましょう。
表中のP課長が不正行為をはたらいたとの嫌疑で社内調査が開始されたとします。嫌疑対象者たるP課長から最初に事情を聞いてはなりません。ヒアリングを実施する順番がとても重要です。「縦」の 関係でいうと、 上からは聞くのでなく「下から聞く」 、 そして「横」の関係でいうと「現在から聞く」ということが原則です。上から聞いてはいけない理由は、ある担当者が嫌疑者であるとするとその上司も関与している可能性があり、最初に当該上司からヒアリングを実施すると、当該上司によって事件がつぶされてしまう可能性があるからです。
表でいうと、P課長だけでなくD部長が関与している可能性があり、場合によってはさらに上位のB取締役が関与している可能性もあります。このような場合は、D部長やB取締役といった上からヒアリングを実施すると、即座に下の者、P課長やQ係長、R係長に対して何らかの圧力がかけられ、働きかけがなされて調査自体が功を奏さなくなる恐れがあります。したがって下から、つまりQ係長やR係長に対して最初にヒアリングを実施するのです。
そして、下から聞く場合にも「横」を意識しなければなりません。まず現在から聞かなければならないのです。その理由は、前回の内部通報者に対するヒアリングでもお話したとおり、社内調査を始めた場合に最初に見極めなければならないことが、その不正行為が現在進行形であるかどうかということにあるからです。現在進行形で不正が行われているならば、それは会社にとって緊急事態であり、いつマスコミ等を通じて世の中に露見するかわからない緊張状態に置かれます。
不正行為が現在進行形で進んでいるか、それとも過去の不正行為なのかによって、不正調査手法も広報態勢も全く異なるので、この点を明らかにする必要があります。
不正行為が現在進行形であれば、以前に在籍していた人に事情を聞いてもあまり意味がなく、なるべく現在に近い人、表の例でいうとR係長に対してまずヒアリングを実施します。その結果、R係長が不正に関与していない、ないし不正の事実を知らないことが明らかになった場合に、次にQ係長に対してヒアリングを実施します。さらに嫌疑対象者たるP課長に「不正の引継ぎ」を行ったと思料されるO課長からも事情を聞きます。その次の段階で初めて、上の立場の者、D部長、C部長に対してヒアリング を実施することになります。こうしたヒアリングの実施順序が重要です。
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