2012/01/25
リスクマネジメントの本質
2.我が国におけるリスクマネジメント普及の問題点
日本では、保険ブローカーの制度は導入されていますが、主流にはなっていません。損害保険会社の代理人である損害保険代理店を通して損害保険契約をするのが主流です 。 大企業と損害保険会社とは密接な関係を保ち、企業本体の損害保険のみならず、社員個人の火災保険、 傷害保険等も取り扱い、銀行のメインバンク制度のように主取引の損害保険会社と従取引の損害保険会社が存在しています。損害保険会社は会社と社員のトータルで保険料の取扱いを考慮しますから、アメリカのようなリスクコストの思想の導入はなかなか困難であり、さらに、こういった背景もあって我が国では損害保険料はドラスティックには変動せず、 合意の上でなだらかに変動していると考えられます。従って、企業別に保険料の調査を行い、リスクコストの調査を行うことも、我が国では至難の技だと思われますし、調査する組織もありません。これではリスクマネジャーと言う職業は確立しません。
わが国にリスクマネジメントを導入したのは、主として損害保険会社です。損害保険会社は、損害保険販売のサービスの一環として 「リスクマネジメントのコンサルティング」 を行ってきました。損害保険会社にとって、 企業側の「リスクは自社で保有し、 その代りリスクマネジメントを徹底して、自社で保有しているリスクの発生を最少化する」という動きは嬉しいことではありません。 そのためか、 ART(代替的リスク移転)と言いますが、 例えば Captive(企業自身の保険契約を引受対象として設立する企業の保険子会社)の設立支援などについては、積極的ではありません。損害保険会社側からのリスクマネジ メントと、保険購入者側からのリスクマネジメントは、似て非なるものだと思います。
また、損害保険の対象となるリスクが中心となったためか、わが国では 「リスク」 を「危険」と訳されたこともあって 「リスク」 がマイナスのイメージ を持って受け止められてしまっています。「リスク」 とは「事象発生の不確実性*」と定義されるべきです。
*経済産業省の『リスク新時代の内部統制∼リスクマネジメントと一体となって機能する内部統制の指針∼』
一般に、リスクマネジメントは 「損害を減少させるために費用を掛けるもので、利益を生むものではない」と思われています。
それに加えて 「リスクは起こるもの」 という前提で欧米人は考えるのに対し、日本人は「リスクは起きてはいけないもの、起きるはずがないもの」と考える傾向が強いと言われています。常にリスクが伴う狩猟型民族と、そうでない農耕型民族とのリスク 観の差だとも例えられます。事前の備えによる危機対応の手法である BCP(事業継続計画)も欧米に比べてなかなか進展しません。
日本人の 「仏教的諦観」 ともいうべきメンタリティの問題もあります。「起きるはずがないもの」 が起きた時には、日本的な“無常感”で諦めてしまうことがリスクマネジメントの発展を阻害してきたと説く人もいます。
私は、リスクマネジメントの成果を計数として表すことができない損害保険業界を含めたわが国の仕組みが、リスクマネジメントの発展を阻害した最も 大きな原因だと考えます。これは損害保険業界側からは改善できない部分で、企業側、特に経営者が自覚しなければならないことですが、これは至難の技であることも事実です。
3.なぜ品質管理は普及したか
ここで、 我が国における品質管理(Quality Control)発展の歴史と比較をしたいと思います。
第二次世界大戦に敗北した翌年の 1946 年 11 月に、連合軍最高司令部(GHQ)の担当者が「統計的品質管理(SQC・ Statistical Quality Control) 」の導入を勧告しました。アメリカから導入された SQC という経営手法が我が国の企業に定着し、さらに我が国独自の総合的品質管理(TQC・Total Quality Control)に発展した理由は次のように考えられます。
1. 当時の、経営者・管理者・現場では、我が国の管理技術の後進性が極めて大きいことが認識されており、企業構成員のすべてが新しい経営管理手法の導入に熱心であった。
2. 日本科学技術連盟を中心として、産、官、学一体となった普及活動が強力に推進された。
3. SQC は生産部門という単一の部門に対する管理手法であったため、経営者の理解も得易く、縦 割色の強い我が国企業において、他部門との調整をあまり必要としないで導入が可能であった。
4. 我が国企業は、もともと生産工程の中に現場で情報の共有と協調の仕組みを持っていたため、 現場の情報を基盤に自発的に生産工程を 「改善」 していくQC サークル活動を独自に開発・導入したことにより、高い品質と生産性を実現できた。アメリカでは現場はマニュアル通りに働くワーカーの集まりであった。
5. SQC がまず企業に定着し、QC サークル活動が成功した結果、QCの思想・手法を全社に適用して営管理の高度化を図る、わが国独自のTQCに発展し、QC は全社的な経営管理手法に進化した。かくして QC・TQC はわが国の経済 的発展に大きく貢献した。
リスクマネジメントや BCP(事業継続計画)の導入にあたっては、QC の導入時のような、産、官、 学一体となった推進体制も無く、経営者・管理者・ 現場において、リスクマネジメント、BCP についてわが国の後進性が大きいことの認識などもありません。わが国に適したリスクマネジメント、BCP 手法の確立といったことも議論されません。それで良いのでしょうか。
欧米におけるリスクマネジメントの発展や、かつての日本の品質管理の取り組みからは、リスクマネジメントが普及しない本質的な問題を読み取ることができます。
次回は BCP について、リスクマネジメントと同様の分析・検討を試みたいと思います。
- keyword
- リスクマネジメントの本質
リスクマネジメントの本質の他の記事
おすすめ記事
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/01
-
-
-
-
-
全社員が「リスクオーナー」リーダーに実践教育
エイブルホールディングス(東京都港区、平田竜史代表取締役社長)は、組織的なリスクマネジメント文化を育むために、土台となる組織風土の構築を進める。全役職員をリスクオーナーに位置づけてリスクマネジメントの自覚を高め、多彩な研修で役職に合致したレベルアップを目指す。
2025/03/18
-
ソリューションを提示しても経営には響かない
企業を取り巻くデジタルリスクはますます多様化。サイバー攻撃や内部からの情報漏えいのような従来型リスクが進展の様相を見せる一方で、生成 AI のような最新テクノロジーの登場や、国際政治の再編による世界的なパワーバランスの変動への対応が求められている。2025 年のデジタルリスク管理における重要ポイントはどこか。ガートナージャパンでセキュリティーとプライバシー領域の調査、分析を担当する礒田優一氏に聞いた。
2025/03/17
-
-
-
なぜ下請法の勧告が急増しているのか?公取委が注視する金型の無料保管と下請代金の減額
2024年度は下請法の勧告件数が17件と、直近10年で最多を昨年に続き更新している。急増しているのが金型の保管に関する勧告だ。大手ポンプメーカーの荏原製作所、自動車メーカーのトヨタや日産の子会社などへの勧告が相次いだ。また、家電量販店のビックカメラは支払代金の不当な減額で、出版ではKADOKAWAが買いたたきで勧告を受けた。なぜ、下請法による勧告が増えているのか。独占禁止法と下請法に詳しい日比谷総合法律事務所の多田敏明弁護士に聞いた。
2025/03/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方