不確実性下の合理的な意思決定
将来に対する意思決定においては不確実性が存在する。このような状況においてわれわれはいかにして合理的な意思決定をすべきなのか。この問題は「不確実性下の意思決定論」として長らく学問の対象となってきた。そして、これはまさにリスク管理の実践そのものに関わる課題と言える。
意思決定の合理性は結果で判断できるものではない。その人がどういうプロセスと論理を用いて意思決定したかによって判断されるものである。なぜなら、物事の結果には意思決定者が直接コントロールできること以外にもさまざまな要因が介在しており※1 、たとえ十分合理的な対応をしたとしても、コントロール外の要素によって結果は影響を受け、意思決定プロセスの合理性に直接帰する問題とは言い難いからである(図表―1参照)。
ジョン・S・ハモンド、ラルフ・L・キーニー、ハワード・ライファは、よりよい意思決定の要件として次の9点を提示している※2 。実際のリスク管理実務において参考にすべきものと考えられるので要点を紹介したい。
①何が問題なのかを正しく把握する
賢明な選択を実践するためには、問題の複雑さを認識し、不適当な仮説や、ある限られた選択肢にだけこだわるといった偏向性を極力排除することがポイントになる。問題を正しくとらえるには、従来のやり方から抜け出て、創造的に考えることが求められる。
②目的を明らかにする
意思決定というのは、1つの結論にいたる、1つの手段である。目的を熟考し、たとえば体系化することによって、意思決定の方向が見えてくる。
③創造力豊かな選択肢をつくる
選択肢は意思決定のための原材料に相当し、目的を追求する際の可能な選択の範囲を表している。過去の経験から学んだり、異なる分野の意見を求めたりして、考えられるすべての選択肢を検討する。独創的で望ましい選択肢について熟考する。
④予想される結果を見極める
それぞれの選択肢が、どのような結果をもたらすのかについて見極めることは、すべての目的に最も合致した選択肢は何かを判断するために必要である。
⑤妥協点を探り出す
さまざまな目的があり、しばしばそれらがお互いに相いれてなかったりするため、目的間のバランスをとる必要がある。また、競合関係にある多くの目的の中で、どれを選択すべきか明確にするため、それぞれの目的ごとに優先順位をつける必要がある。
⑥不確実性に含まれる可能性を数値化する
一般に、不確実性が決定を難しくしている。意思決定の多くはリスクを伴う。その中で、合理的な意思決定を行うには、重要な不確実性を抽出し、その内容を明確にする。そして、起こりうる事象をカテゴリー化してその可能性(発生確率)を予測する。さらに、どのような結果(効果)が生ずるかを判断し、その影響を数値化する。
⑦リスク許容度を認識する
リスク許容度とは、最も良い結果を得るためにどの程度のリスクであれば受け入れることができるのかを表す。リスクに対する耐性は人によって異なる。投入した金額によっても、その感じ方は違ってくる。したがって、どの程度のリスクであれば受け入れることができるのか正確に把握する必要がある。これが、各選択肢に対する効用に反映される。これらのプロセスは結果的に、意思決定のプロセスの効率化につながり、適切なリスクを基準にして選択肢を選ぶことができるようになる。
⑧関連する意思決定を心がける
現在の意思決定は、将来の意思決定に影響を与える。そして、明日の目標は、今日の選択に影響を及ぼす。そのように、多くの重要な意思決定は、長い時間軸の中で相互に関連し合っている。従って、関連する意思決定同士の関係を理解するため、時間の経過とともに問題がどう変化していくかを把握した上で、現在の意思決定で実行することと、将来の意思決定として扱うものを区別する必要がある。
⑨心理的な罠に注意する
「ヒューリスティック※3」による思考は、常に正常に機能するわけではない。思考プロセスの中に潜む心理的な罠によって生ずる錯覚や偏りを理解し、対処しなければならない。
上記要件の6番目、7番目に、不確実性を客観的に可視化し、適切に管理することの大切さが提示されており、リスク管理の重要性を強調している。
企業が直面するリスクは、これまでの実務経験の中で、リスクの特質を把握でき、その特徴を定量化できているものと、未知の要素が強くリスクの特性を十分把握できていないものに分けることができる。未知の要素の介在が大きいほどその結果は不透明にある。それゆえ、実務において不確実性の予測可能性の度合いを意識した対応が重要となる。これまでもこの視点から意思決定を類型化する取り組みは行われてきた。その考え方を整理し、類型ごとにおける留意点を例示してみたので、参考としていただきたい(図表-2)。
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