リスクへの闘いのイメージ(写真:Adobe Stock)

新たなリスクへの挑戦とリスク管理

人類の歴史は、リスクとの闘いの歴史と言われる。リスクへの闘いの歴史をこれまでの天才や異才の壮大なドラマとして描いたのが、ピーター・L・バーンスタインの書物『リスクー神々への反逆(Against the Gods)』である。その昔人々は、将来何が起こるかは、すべて神が決定することであり、人々は粛々とその定めに従うものと考えていた。そのような時代から、人々は神々に逆らってリスクの謎に挑み、リスクといかに向き合い対処するかという問題意識を持つようになり、科学や事業を発展させる原動力の1つとしてきた。このように面々と続いてきた先人達の営みの結果として今日のリスク管理が存在している。

不確実性への対応の進化

今後大きく変化する環境の下で、企業がさらにリスク管理を進化させていくためには、現時点でリスクの概要を十分捕捉できておらず管理対象として消化し切れていない「不確実性」に挑戦していく必要がある。

イアン・スチュアートは、書物『不確実性を飼いならすー予測不能な世界を読み解く科学』の中で、われわれの不確実性へのアプローチが時代とともに変化していることを指摘し、6つの世代に区分している。図表―1に要約して紹介する。

画像を拡大 図表-1:未来の予測の考え方の変遷
出典: イアン・スチュアート『不確実性を飼いならす』徳田功訳、2021年、白揚社、P.7~24を参考に整理した

第六世代の視点からのアプローチ

「将来について不確かである」と「将来は不確かである」はニュアンアスが異なる。前者は自分が十分な情報を持っていないことを表現しており、十分な情報があれば意思決定に必要な予測ができることを意味している。後者は意思決定の対象となっている事象そのものが不確実性を含んでいるため、確定的な意思決定が難しいことを意味している。先ほど紹介した不確実性の世代による変化をあてはめると、われわれは「将来について不確かである」段階を経験し、現在「将来は不確かである」ことを認識する段階にきていることとなる。

現在、企業には、外的環境の変化に対して受動的なスタンスをとるのではなく、不確実性に対する認識を変え、そのアプローチを強化していく能動的な姿勢が求められているのではあるまいか。その場合、不確実性について従来の伝統的なリスク管理手法を適用することは困難であるという認識を改めて、機能する新たなアプローチを試み、その成果を経営管理の枠組みに取り入れていく必要がある。仮にこのようなマインドセットの転換ができなければ、不確実性の高まる状況の下で思考停止に陥いる危険が高まっているともいえよう。

イアン・スチュアートは、不確実性の存在を所与としていかに積極的にこれを取り込んで対応していくかが重要である、と指摘する。そして、次の例を挙げてヒントを与えている。

「例えば、イングランド銀行がインフレ率の変動予測を公表する際ファンチャートを使う。このグラフは、予測されたインフレ率の時間発展を示すが、1本の線ではなく、濃淡のある帯で描かれている。時間が経過するにつれて、帯の幅は広くなり、正確性が失われていくことを示している。色の濃さが確率の高さを示し、暗い領域は明るい領域よりも確率が高いことを表している。濃淡のある帯には、予想の90%が含まれている」

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)が提示する将来(2300年といった長期)の全球地表気温の変化予測も幅で示されている。これは複雑な地球の循環システム、社会推移人口や経済活動などの予測、将来の排出量変化シナリオに対する気候応答(温暖化)メカニズムなどが有する不確実性を反映するものである。

不確実性を所与にするか否かによってわれわれの意思決定は異なるものとなるはずである。新たなリスクの登場を意識し、そのリスクが持つ不確実性の存在を積極的に認識し、いかにリスク管理に反映するかを検討する必要があろう。