針原川土石流災害――7月の気象災害――
扇状地は土石流に襲われる危険性を有している
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2024/07/27
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
針原(はりはら)川は、鹿児島県北部、ツルの飛来地として有名な出水(いずみ)市の北部を流れる、長さ約3.2キロメートル、流域面積1.55平方キロメートル、流域平均勾配約19度の小河川である。熊本県との県境に位置する矢筈岳(やはずだけ、標高687メートル)の西側中腹部(標高445メートル)に源を発し、八代海(不知火海ともいう)に注ぐ。針原川によって形成された扇状地は、不知火海を望む風光明媚な斜面で、水はけがよく、日差しに恵まれるため、柑橘類(米ノ津みかん)の栽培が盛んである。針原川は、土石流危険渓流に指定されてはいたが、百数十年来、土石流による災害の記録はなかった。
この川で大規模な土石流が発生したのは、1997(平成9)年7月10日未明である。上流右岸側の斜面に発生した山腹崩壊土砂が針原川に流れ込み、土石流となって流下し、下流の砂防ダムを乗り越え、扇状地に点在する住家とみかん畑を襲った。土石流に巻き込まれた出水市針原地区の16世帯48人のうち、21人が死亡、13人が負傷した。今回はこの事例を題材として、土石流について考察する。
出水市針原地区は、出水市の市街地の北方約5キロメートルに位置する針原川によって形成された小規模扇状地に発達した集落で、被災当時は86世帯262人が住んでいた。針原という地名は、針原川の上流に針や釘を生産する工場があったことに由来すると言われる。
図1に、被災地の位置と土石流の流下状況を示す。土石流の発生源となった標高180メートル付近における山腹崩壊の規模は、長さ約190メートル、最大幅約80メートル、最大崩壊深約30メートル、崩壊土砂量は約13万立方メートルである。崩壊幅の割に崩壊深が深く、いわゆる「深層崩壊」の部類に入る。当時、針原川本川の標高55メートル付近に砂防ダムが建設中で、その本体部は既に完成していた。1997年7月の土石流では、崩壊土砂の約半分が砂防ダムに捕捉されたとみられる。針原川は砂防ダム下流の標高40メートル付近から谷幅を広げ、八代海に向かって半円錐状の小扇状地を形成している。この小扇状地が1997年7月の土石流の被災地となった。土石流本体は標高20メートル付近まで到達し停止したが、泥水はさらに流下して、海岸近くを走る標高約5メートルの国道3号線にまで達した。土石流の幅は約150メートル、全長は約1キロメートルである。
次に、気象状況について述べる。1997年7月は、5日頃から梅雨前線による降雨活動が顕著となり、九州から中部地方にかけての各地で大雨となった。特に9日と10日には、長崎、熊本、鹿児島の各県で、2日続けて日降水量が200~300ミリメートルに達した。図2に、1997年7月9日の地上天気図と日降水量分布を示す。
気象庁の出水地域気象観測所(アメダス)は、針原地区の南約5キロメートル、出水市の市街地にある。出水観測所における1997年7月6日21時から84時間(3日半)の降水量の経過を図3に示す。出水観測所では、7月2日から5日まで降水がなく、6日24時から降水量が現れ始めた。その後、9日の朝までは、激しく降ることはなかったが、積算降水量は、9日6時の時点で133ミリメートルに達していた。この先行降雨が、その後に発生する土石流にとっては、いわゆる「下駄」に相当する部分となった。先行降雨が「下駄を履かせる」ことの意味については、本連載の2021年7月「水俣土石流災害」で解説した。
出水観測所で雨が激しくなったのは、9日の朝以降である。最初のピークは9日午前に現れ、11時までの1時間降水量は62ミリメートルを記録した。9日昼過ぎには小康となったが、夕方から再び降雨が強まり、17時までの1時間に55ミリメートルの降水量が観測され、これが第2のピークとなった。9日夜になっても強い雨が観測されたが、出水観測所では、21時までには雨が止んだ。この時点で、6日深夜の降り始めからの積算降水量は401ミリメートルに達していた。そして10日0時44分、針原川で土石流が発生した。
出水地域気象観測所の観測値で見ると、雨が止んでから約4時間後に土石流が発生したように見える。このように、土石流の発生のタイミングは、降雨のピークとは必ずしも一致せず、雨が止んでから発生することもある。ただし、1997年の針原川土石流災害の場合、発生現場の北北東約10キロメートル、県境を越えた熊本県水俣市にある水俣地域気象観測所(アメダス)では、7月9日24時まで降水量が観測されており、針原川の現場で雨の止んだ時刻は、出水観測所よりも1~2時間遅かった可能性がある。
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