CSR・環境本部 CSR企画部 主任コンサルタント 横山 天宗

はじめに


第2次安倍内閣が日本経済の再生に向けて掲げている「成長戦略」では、「攻めの農林水産業」を謳っており、「今後10年間で6次産業化(※1)を進め、農業・農村全体の所得を倍増」、「水産物・食品の輸出額を2020年までに1兆円へ拡大」、「1兆円の“6次産業化”市場を、10年間で10兆円に拡大」、「農地を集積し生産性の向上を図るため、農地の中間的な受け皿機関を整備・活用」(※2)することを目指している。

株式会社が農地を借りやすくするなど、限りある我が国の農地を有効利用するために大幅な見直しが行われた2009年の農地法改正以降、農業分野は成長市場として一般企業の参入が増えている。さらに、安倍内閣が掲げるこうした政府方針を受け、農業分野への関心はますます高まっている。また、政府による6次産業化の推進を受け、農業から食品加工や流通販売へ多角化する農業者が増えている。しかしながら、近年、気候変動による異常気象の増加や、担い手の高齢化、耕作放棄地の増加など、農業を取り巻く様々なリスクが増大している。また、6次産業化に伴い、食中毒や食品表示ミスなど、食品安全やコンプライアンスに関する新しいリスクに、農業者が直面しはじめている。

こうしたリスクに対処するには、農業分野においてもリスクマネジメントの取り組みが必要である。リスクマネジメントには、リスクの発生を防止し、また万一リスクが発生した場合の損害規模を減少させる「リスクコントロール」と、リスクが発生した場合に備えて保険などによって資金面の準備を行う「リスクファイナンス」がある。

本稿では、「リスクコントロール」と「リスクファイナンス」に関して、幾つかの具体的な事例を取り上げ、農業分野におけるリスクマネジメントについて概観していく。

1. 農業分野のリスク


農業者が抱える農業分野のリスクとして、「価格リスク」、「収量減少リスク」、「人的リスク」、「財務リスク」、「制度上のリスク」、「賠償責任リスク」が挙げられる(表1)。

表 1 農業分野のリスクの種類と対策(※3)

リスクの種類 対策
リスクコントロール リスクファイナンス 政府による対策・救済措置
1.価格リスク ・価格安定作物の選択・経営の複合化・多角化・販売時期の分散・直販(販売ルート多様化)・栽培契約 ・手元資金の留保 ・農産物価格安定政策・貿易関税
生産物と投入財の予測不可能な価格変動に伴うリスク
2.収量減少リスク ・リスク低減技術の導入・安全作物の選択・経営部門の複合化・圃場の分散・農薬散布時における 他作物への飛散防止・動物薬投与の適切な処置 ・天候デリバティブ・手元資金の留保 ・農業共済(NOSAI)・天災融資法などの制度金融による 救済措置・災害復旧事業・激甚災害法による 助成措置・救済措置としての 税の減免措置
天候、病害、虫害などによって起こる生産の変動に起因するリスク
3.人的リスク ・労働条件・環境の改善
(農業機械の安全装置など)
・傷害保険、生命保険、労災保険など ・生命共済など、政府の運用する制度共済
傷害や疾病などに伴うリスク
4.財務リスク ・信用の保持 ・流動性の確保・安全性に配慮した適切な資金計画
事業への資金借入によるリスクや金利上昇のリスク
5.制度上のリスク ・情報の収集・適切な経営判断能力、情報の分析能力
政府の定める法律や規制によるリスク
6.賠償責任リスク ・品質管理
残留農薬や異物混入などによる損害賠償請求

表1に挙げたように、農業分野におけるリスクへの対策は、「リスクコントロール」、「リスクファイナンス」、「政府による対策・救済措置」の3つに大別することが可能である。

まず、「リスクコントロール」については、「価格安定作物の選択」、「経営の複合化・多角化」、「リスク低減技術の導入」、「労働条件・環境の改善」、「情報の収集」など、農業者自らの手による、経営面や技術面でのリスク対策が挙げられる。リスクコントロールは、農業分野のリスクマネジメントのなかで大きな位置を占めているが、日本の場合、経営規模の小さい農業者が多いため、その対策には限界がある。

次に、「リスクファイナンス」であるが、「手元資金の留保」、「天候デリバティブ」、「傷害保険、生命保険」などが存在する。しかしながら、日本の農業者は経営規模が小さく、対策のための資金の拠出が難しいため、現状では取り組みは進んでいない。また、天候などに起因する収量減少リスクに関して、農業者は高い確率でリスクに晒されているが、数年に一度起きるような天候リスクを保険でカバーする場合、保険料が高額になるため、リスクファイナンスによる対策には難しい面がある。

そのため、大半の国家では、食料安全保障の観点から、「政府による対策・救済措置」を設けている。こうした政府による公的な制度が、農業者のリスクマネジメントのなかで重要な役割を果たしている。

日本では、①自然災害を原因として農家が受ける経済的な被害が甚大、②日本の農家の半数以上の経営規模が零細であるため、個々の農家の自助努力だけで損害を回復し、再生産を確保することが困難である、という背景のもと、「農業災害補償制度(NOSAI制度)」が1947年に開始された。

NOSAI制度とは、農家が掛金を出し合って共同準備財産をつくり、災害が発生したときに共済金の支払いを受けて農業経営を守るという、農家の相互扶助を基本とした「共済保険」の制度である。発足以来、幾多の改善・拡充がはかられ、今では主要な作物のほとんどが制度の対象になっている。現在、「農作物共済(水稲・陸稲・麦)」、「家畜共済(牛・馬・豚)」、「果樹共済(みかん、りんご、ぶどうなど」、「畑作物共済(じゃがいも、大豆、たまねぎなど)」、「園芸施設共済(ガラス室・プラスチックハウスなど)」、「建物共済」、「農機具共済」の7つの共済事業が実施されている。

「農作物共済」の場合、「風水害、干害、冷害、雪害その他気象上の原因(地震および噴火を含む)による災害」、「火災、病虫害、鳥獣害などによる災害」を対象としている(※4)。1993年の大冷害では、水稲の支払い共済金は約4400億円にのぼったが、NOSAI制度により農業経営の再建、農家経営の安定が図られている。

※1 6次産業化とは、自然エネルギーや農林水産物など、農林漁業者が生産(1次産業)と加工・販売(2次・3次産業)を一体的に行ったり、地 域資源を活用した新たな産業の創出を促進したりすることにより、儲かる農林水産業を実現し、雇用確保と所得向上を目指すことである。
※2 首相官邸.“攻めの農林水産業~成長戦略第2弾スピーチ~”,  http://www.kantei.go.jp/jp/headline/nourin_suisan2013.html, (アクセス日:2013-12-03)
※3 リスクマネジメント協会理事長 前川寛. 農家のためのリスクマネジメント. 家の光協会. 2007をもとに当社作成
※4 NOSAI 農業共済. http://www.nosai.or.jp/,(アクセス日:2013-12-03)