~実践的訓練と現場担当者への信頼~
リスクマネジメント協会事務局長 濱地 良行

東日本大震災では、東京ディズニーリゾート(以下、TDR)も被災地となった。TDR は日頃から全職員の一貫した質の高いサービスが称えられているが、震災時においてもその対応は素晴らしく、改めて TDRの信頼と名声を高めるものとなった。サービス業に限らず、被災時の対応で重要なカギとなるのはやはりヒトである。約 1 万人 いる現場スタッフの 9 割が派遣やアルバイト、パートという同社が、サービス・レジャー産業従事者として高いレジリエンスを証明することができた要因を検証する。


レジリエンス・ポイント
①守るべきもの(企業理 念)の明確化と徹底
②業務の一部としての実 践的訓練
③現場担当者への判断の委任 業種:サービス業


東日本大震災が発生した 3月 11日午後 2時 46分、TDRには約 7万人の来場者がいた。来場者が撮影したビデオ映像など、地震発生時の様子は報道や媒体にも取り上げられている。大きな揺れが発生し来場者の悲鳴が飛び交う中、スタッフは平 常時と同様にこのテーマパークの一部として冷静に来場者に指示、誘導をしていた。 高校生、大学生が中心のアルバイトであるにもかかわらず、何故冷静に対応できたのか?その他サービス業者の運営と何が、どう違うのかを検証し、レジリエンス力の高い組織を構築するためのヒントを模索したい。

① 守るべきものの明確化と徹底
リスクマネジメントや BCM(事業継続マネジメント)を企業内に構築する際、まずやらなければならないことが「守るべきもの」の明確化である。この「守るべきもの」は、業界や組織の規模、立地などにより多少異なる。対人サービス業であれば、お客様の安全、安心を掲げることが多く、その他の業種では情報や品質などが企業理念として掲げられている。企業のリスク管理が、1つの雛型で当てはめることができないのはそのためだ。

TDR では、守るべきものとその優先順位が非常に明確にされ、その認識、理解の徹底が全職員に浸透していた。同社は、行動規範として「会社として大切にするべきことと優先順位」として SCSE(S=Safety 安全、C=Courtesy 礼儀、S=Show ショー、E=Efficiency 効率)を掲げ、優先順位を第 1に安全、第 2 に礼儀としている。この「守るべきもの」は、多くの企業が掲げているものの、「仏作って魂入れず」になっているため企業として致命的となる事故が多く発生している。大阪、東京の遊園地での整備不良による人身事故、飲食店における食中毒、原子力発電所における放射性物質の漏えい、どの業界においても「絶対にやってはいけないこと」がある。ちなみに筆者が以前勤務したホテル業界では、当然のことながらお客様の安全が第 1優先であり、その対象として「火災」と「食中毒」は絶対に起こしてはいけない事故として社員には浸透していた。

② 実践的訓練
TDR ではそのこだわりのサービスを徹底する方法として、社員のみならずアルバイト、派遣社員に対しても、徹底した TDRのサービス、振る舞い方の研修を行い、OJTの訓練を欠かさない。その訓練には、もちろん緊急時対応の訓練も含まれている。しかも、同社では震度6強を想定した体制と防災訓練をセクションごとの訓練も含めると年間約180回も行っているという。安全を第一に考えている姿勢の表れであり、年に 1回か 2回形だけ行っている防災訓練とは種類が違うといえる。

日本の多くの企業では、残念ながら防災マニュアルを作成し、それに則り各担当者を所定の位置に配置、けが人なく無事に終了することを目的に訓練を行っている企業が多い。しかし、実際に地震や火災が発生した場合は、マニュアル通りに人員が揃っていることはほとんどなく、マニュアル通りに従業員やお客様がパニックもせず移動、避難してくれることは少ない。

③ 現場担当者への判断の委任
3.11 大震災発生時、TDR の現場担当者が販売商品であるぬいぐるみをお客様に 渡し、そのぬいぐるみで頭を保護するよう指示したという。また、避難待機時には商品であるクッキーやその他食べ物を無料で提供し、来場者の不安解消に留意した。これらの対応はマニュアルに記載されているわけではなく、全て現場職員の判断で行ったそうだ。

マニュアルを作成することは重要なことである。しかし、マニュアルに全てを委ねることは非常に危険だ。緊急時においてはマニュアル通りにことが運ぶ可能性は非常に低い。緊急時対応マニュアルで重要なことは、それを作成する段階で関係者がこれまでの経験や想像から知恵や情報を出し合い、緊急時を想定した訓練をすることにある。

東日本大震災では、阪神・淡路大震災の教訓が活かされたことも数多くあったが、 逆に教訓が裏目に出たこともあった。阪神・淡路では物資の供給が過剰になりその処分に困ったが、今回は長期間にわたり物資が不足し避難者が苦しい思いをすることとなった。また、ボランティアも大幅に不足した。これは、阪神・淡路大震災が一部地域への集中型であり、近隣都市の大阪が元気な状態であったため十分なサポートを提供することができた。しかし、東日本大震災は被災範囲が非常に広域であり、近隣の大都市である仙台が大きな打撃を受けたこと、そして津波による2次、3次被害の危険性もあったため、阪神のように被災者救援活動が思ったように進まなかった。

このように、災害はその都度状況が異なるため、一つのマニュアルに当てはめることは非常に困難である。そのため、各現場での対応はその現場担当者の判断に委ねることが望ましい。しかし、その一方で緊急時には人は通常冷静な判断ができないことも事実である。現場担当者が正しい判断を行うためには、平常時における訓練と「何を守らなければならないか」を理解していることが重要で、そのために企業側は多くの制限を付けることなく、現場における判断を促す労働環境を整えておく必要がある。

④ まとめ
企業はどのように強いレジリエンスを構築すれば良いのか? TDR の事例を検証すると、以下の点がその成功のカギと思われる。
 ・ 組織として何を最優先にするのかが明確であり、それが大義名分ではなくその達成のための組織としての姿勢が常日頃より業務に浸透している。
 ・ 実践的訓練を頻繁に行っている。
 ・ 現場職員が組織の一員としてのプライドを持ち、業務についている。
 ・ 目的達成のための個人の判断を促し、それを尊重する職場環境ができている。

【企業 data】
所在地:千葉県浦安市舞浜 1-1 業種:テーマパークの経営、 運営および不動産賃貸等 従業員数:約 21,000 人(2011 年3月末時点準社員を含む)

【執筆者プロフィール】
濱地 良行
リスクマネジメント協会事務局 長。豪州 NSW 大学卒業後、 米国サンフランシスコの日系 ホテルで9年間勤務。輸入卸販売会社の取締役を経て、 2001 年よりリスクマネジメント協会事務局勤務、2006 年より現職。

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転載元 レジリエンス協会 会報 レジリエンス・ビュー 第2号
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