企業の商品が売れなくなる背景には、時代の変化などさまざまな要因がありますが、今回は主にリスクマネジメントの観点から、製品や企業が信頼されなくなる事態について考えてみたいと思います。レモン市場と呼ばれる経済効果を例に、なぜ信頼をされなくなるのか、信頼とはそもそも何かについて解説します。

□事例 企業が信頼されなくなる要因

A社は化粧品を製造販売しているメーカーです。2000年代初頭、オーガニックコスメといわれる自然派化粧品の流行に乗り、売り上げを伸ばしてきました。当初は順調に業績を拡大していたA社でしたが、ライバル企業の台頭もあり、ある時期から本来の効果を期待できない安い原材料を海外から調達・使用し製品の製造を始めたのでした。その結果、価格の値下げが可能になり、ライバル企業との差別化を図ることができました。A社の使っている原材料は本来自然派化粧品とは言えないものでしたが、A社の経営陣の間では「本当の品質の情報を持っているのはわが社だけで、買い手にはわかるべくもない」というセリフが当たり前のように言われていました。

A社に対抗しようとしていたライバル企業でしたが、A社の提供する製品の価格には及ぶことができず、その分野の化粧品は一時期A社製品の独占状態になりました。消費者は、自然派化粧品としてのA社製品の品質に懐疑的なものを感じていましたが、低価格ゆえに目をつぶっていたところがありました。

あるとき、A社製品を使用した消費者の肌へのトラブルがネット上で大きく話題になったことから、使用している原材料についての不安が広がっていきました。事態を重く見たA社は、本来使用すべき原材料での製品製造を試みましたが、販売価格の大幅な上昇は避けられません。さらに市場調査を行ったところ、本来の原材料を使った高価格製品を供給しても消費者には受け入れられない、との結論を得たのでした。

それを受け、A社はこれまで通り、本来の効果が期待できない原材料による低価格商品を提供し続けることを決定しました。

それからおよそ20年、A社が低価格路線で提供し続けた製品分野は市場からきれいさっぱり消えてしまい、今や、誰もそのような製品があったことすら覚えていない状況になっています。

□解説 「情報の非対称性」で信頼は崩壊

上記の事例は、「レモン市場」といわれる経済学上の有名な理論です。

レモン市場とは、「情報の非対称性」が大きく、すぐに商品の価値がわかりにくい市場を指します。情報の非対称性とは、商品やサービスの売り手と買い手の間、または企業と投資家など異なる経済主体の間で保有する情報に格差があることを意味します。一般的にレモンは厚い皮を持つため、外見から鮮度を判断するのは困難です。レモンのように商品の品質がわかりにくい市場では、商品の品質についての情報は売り手のみが持っており、買い手に共有されることが少なく、ここに情報の非対称性(不公平な状況)が存在します。そして、そのように情報の非対称性がある市場は縮小・崩壊するというのが「レモン市場」理論になります。

レモン市場がどうして崩壊につながるのかを簡単に解説すると以下のようになります。

① 情報の非対称性により商品の品質が分からなければ買い手は不安になり、購買意欲が低下する。また、仮に不良品であっても諦めがつく低価格のものしか買わなくなってしまう。

② 買い手が疑心暗鬼になって高いお金を支払わなくなるなら、売り手側も値段にふさわしい質の高いものを供給しても損をするだけになってしまう。

③ 低価格の商品しか買わない買い手と、質の悪いものばかり供給する売り手だけが残り、市場が崩壊してしまう。

レモン市場を回避するには、情報の非対称性を可能な限り無くすことだといわれます。レモン市場に対して「ビーチ市場」という言葉が使われることがあります。ピーチ(桃)はレモンと違い、少し古くなると表面が黒ずみ、鮮度の低下がすぐにわかってしまいます。つまり、透明性が高く質の高いものを市場に投入すれば、買い手はみんなそちら側に向かうので、他社も追従せざるを得なくなるという考え方です。

ここまで書きましたが、今回話題にしたいのは情報の非対称性についてではなく、リスクマネジメントにおける企業の信頼構築についての考え方です。