安全・安心は観光地ブランドに欠かせない要素。どう確保していくか(写真:写真AC)

立教大学観光学部教授 野田健太郎氏に聞く

知床観光船の遭難事故は、観光事業、特に輸送サービスをともなう観光事業のリスク管理・危機管理上の問題を浮き彫りにした。杜撰な経営や不適切な契約の排除、そのための指導・監督の強化が不可欠だ。が、それらが一過性の対策で終わっては意味がない。安全・安心で魅力ある観光地づくりの観点に立てば、地域の観光産業・観光行政が危機を共有し、信頼回復とブランド構築に向けて継続的な取り組みを一丸となって進めていくことが必要になる。地域の観光産業・観光行政が抱える課題と今後の方向性を、立教大学観光学部の野田健太郎教授に聞いた。

 
立教大学観光学部教授
野田健太郎氏
のだ・けんたろう

慶應義塾大学法学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。日本政策投資銀行・設備投資研究所などを経て2014年から立教大学観光学部教授、同大学大学院ビジネスデザイン研究科教授。BCPやCSRなどの非財務的な観点からも企業を分析し、統合的な企業価値評価を研究している。著書に「戦略的リスクマネジメントで会社を強くする」(中央経済社)など。

SDGs、BCP、観光地危機管理計画、観光防災マニュアル、DMO――使える制度・ツールはある。
官民が危機を共有し、一丸となって変革に向かう転機。

経営基盤がぜい弱な観光産業

――知床観光船の事故は、産業構造に起因する問題もあるのでしょうか?
観光産業は、業種にもよりますが、基本的には規模が小さい。そのため経営基盤が総じて脆弱です。一つの指標として私がJTB 総合研究所と共同で観光産業のSDGsの取り組みを調べたところ、全業種のなかで最も取り組み率が低いという結果が出ました。

ホテル・旅館などの宿泊業は比較的取り組んでいますが、仲介などの旅行業は16%と2割に満たない。SDGs 対応に割く人材、時間、予算の余力がないことが理由です。このたびの事故の直接的な要因ではありませんが、経営基盤の弱さが背景にあることは間違いありません。

SDGs は自らの事業と社会とのつながりをグローバルな視点でしっかりとらえること。観光産業においては、地域資源を掘り起こし、社会性を加味しながら、そこに世界基準のストーリーを付加していく。つまりSDGs は、世界に向けて発信可能な魅力ある観光地をつくるための有力な武器になります。

そのため、観光産業がSDGs に期待を持っていないわけではありません。むしろ「売上の増加」「収益の増加」「取引先の増加」といったビジネス効果への期待は他の産業より高い。しかし逆にみれば、ビジネス効果への期待が高いにもかかわらず取り組み率が低いわけですから、ビジネスメリットに直結しなければ取り組まない・取り組めない状況にあるということです。

ならば、観光産業は自分たちの競争力の源泉をどう考えているのかというと、他産業と比べて多いのが「顧客対応力」、低いのが「優秀な人材の確保」「オンリーワンの技術力」です。顧客対応力への意識の高さはまさにホスピタリティー産業といえますが、一方で人材確保と技術力はあまり強みと感じていない。

この2つは関連する話で、いまは人材不足を補うIT 化、最近ではDX 化ですが、あらゆる産業が技術革新によるマネジメントの効率化と生産性の向上に取り組んでいます。観光産業は、そこに追いついていけていないといえるでしょう。

観光産業におけるSDGsの取り組み状況❶

高い期待感と裏腹に取り組みは最低水準

立教大学観光学部の野田健太郎教授とJTB総合研究所は2020 年12 月~ 2021年1月にかけて、観光産業におけるSDGs の取り組み状況を調査。結果、観光業(宿泊業+旅行業)の取り組み率は20.3%と2割にとどまった。宿泊業は43.3%と比較的取り組んでいるものの旅行業は16%で、全業種の中で最も低い水準となっている。

調査は観光業のSDGs 対応状況を把握し、他の関連産業と比較することで、業種ならではの課題をあぶりだすことが目的。郵送とオンラインで行い合計840 社、観光業では宿泊業から30社、旅行業から162 社の回答を得た。
SDGs は従業員規模が大きい企業ほど全体に取り組み率が高く、1001人以上では9割以上が取り組んでいる。旅行業は従業員数10 人未満の事業者が4分の3を占めることから、SDGs にリソースを割く余力が少ないことがうかがえた。

実際、SDGs に取り組んでいる企業であっても、観光業は「必要な人材が不足している」「運用する時間的余裕がない」「必要な予算が確保できない」という課題を抱えているところが全産業の割合を大きく上まわる。人、時間、資金のすべてが足りない実情が浮かび上がった。
データ出所:立教大学・JTB総合研究所