2014年、労働安全衛生法が改正され、重大な労働災害を繰り返す企業に対し、厚生労働大臣が「特別安全衛生改善計画」の作成を指示することができるようになりました。しかし、こうした労働災害の連鎖は完全には無くなっていません。厚生労働省によると、令和2年1月から12月までの労働災害による死亡者数は3年連続で過去最少となったものの、休業4日以上の死傷者数は、前年比5545人(4.4%)増え、平成14年以降で最多となりました。ジェームズ・リーズンやシドニー・デッカーなどのリスクマネジメントの専門家たちの理論をもとに、事故出現のメカニズムや要因、対策について解説します。
■事例 立て続けに起きる労働災害
建設会社のA社では、最近、立て続けに労働災害が発生しました。B現場で屋上に防水シートを敷く作業中、ロールの防水シートを後ろに下がりながら敷いていたところ、作業員が作業に集中するがあまり、屋上の端に気づかずパラペットにつまづき墜落したのでした。本来であれば、建物の外周に足場がなければならないのですが、B現場では取り払われていました。また、別の現場Cでは、道路舗装工事のためのアスファルト路面剥ぎ取り作業準備のため道路内でスプレーによるマーキングを行っていた作業員が、後退してきたダンプカーに轢かれ重傷を負うという事故が起きました。C現場には、注意喚起する監視員がいない状況でした。
卸売業のD社では、2つの場所で同じような労働災害が発生しました。E支店の入出荷エリアの中2階において、社員の1人が出荷された日用品の仕分け作業中、スタッカークレーンと搬送台車の間にあった開口部から約5m下の1階床面に墜落するという労働災害が発生。その翌週には、別のF倉庫でも倉庫内において、フォークリフトに乗ってラックに置かれた商品を取り出す作業中、作業員が約3mの高さからフォークリフトごと墜落し、重傷を負うという事故が起こったのでした。
鉄鋼業のG社でも、今夏以降、労働災害が2件発生しました。H工場内で重さ1トンものパレットをクレーンで降ろす作業中、吊り具がパレットに掛かってしまいパレットが範囲外に移動してしまったのでした。たまたま移動した先に居た作業員がパレットにはさまれ、意識不明の重体となりました。I工場では、鋼板12枚をクレーンで移動させる作業中にクレーンが走行。これにより鋼板がクレーンに引きずられ、鋼板と架台の間にはさまれた社員が死亡するという事故が発生しました。クレーンには走行レーンにストッパーやブレーキが設置されていましたが、ストッパーは解除された状態であり、ブレーキは鋼板12枚の走行を即座に止めるほどの効力がありませんでした。
■解説 安全とは何ですか?
2014年、労働安全衛生法が改正され、重大な労働災害を繰り返す企業に対し、厚生労働大臣が「特別安全衛生改善計画」の作成を指示することができるようになりました。これは、同じような重大な労働災害が同一企業の複数の事業場で繰り返し発生する事案が散見されることがあるための措置です。従来は重大な労災事故が発生した場合、災害を発生させた事業場への個別対応が中心でしたが、同様の重大な労働災害が同一企業の別の事業場で発生することを未然に防止するためには企業全体での改善が必要との考えから、厚労大臣が企業に対し「全社的な改善計画」の作成を指示できるようになりました。万が一、計画作成指示に従わない場合や計画を守っていない場合などには大臣が勧告を出し、勧告にも従わない場合は「その旨を公表することができる」ようにもなりました。企業としては、このような指示や勧告を受けることが無いようにしなければならないのは言うまでもありません。
さて、「安全」とは何を意味するのでしょうか?筆者が研修などで質問をすると「事故を起こさないようにすること」という答えが多く返ってきます。中には「危険が無いこと」と答える人もいます。では「危険とは何ですか?」と聞くと「安全でないこと」という答えが返ってきたりして、まるで禅問答のようなやり取りになることもあります。安全とは「受け入れられないリスクが無い状態」を言います。例えば飛行機は一般的に「安全」な乗り物とされていますが、事故が無いわけではありません。世界ではまれに飛行機の墜落事故がニュースになりますが、米国家運輸安全委員会が発表したデータによると、飛行機による死亡事故確率は0.0009%とされていて、これは毎日飛行機に乗る生活を8200年間続けて一度発生するレベルです。飛行機事故は起こり得るのですが、受け入れられるレベルにまで小さくマネジメントされているから「安全」な乗り物であると認識されています。
企業の安全管理も同様です。企業にとって「受け入れられるレベルまで小さくマネジメントすること」であって、決して「事故が無いこと」や「危険が無いこと」ではないのです。
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