徹底された感染対策(Tokyo 2020提供)

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)の開催をどう評価するかは人それぞれによって異なることだろう。感染が拡大する中での開催を批判する人もいれば、多くの感動をもたらしたことを称揚する人もいる。しかし、政府やIOC・IPCの開催決定のもと、この大会がいかに準備され開催されたのか、その過程については、こうした評価にかかわらず、学ぶべき点が多いはずだ。特にリスクマネジメントという視点においては、感染症のみならず、さまざまな予知の難しいリスクが懸念される現代において、いかにそれらに備え、仮にそのリスクが出現したときにどう対応すればいいのかを考慮し対策を講じておくことは極めて重要になる。東京海上日動火災保険株式会社・理事で、元公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ゲームズ・デリバリー室MOC統括部長(兼新型コロナ・暑さ対策推進部長兼リスクマネジメント部長)の岡村貴志氏に、東京2020大会開催までの舞台裏を聞いた。3回に分けて、内容を紹介していく。

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継続的取り組みで思考を深める

過去の大会において、どのようなリスクが挙げられていたかは、IOCからは内々に伝えられていた。決して特殊なものはなく、台風、集中豪雨、地震というような自然災害であったり、テロ、サイバー攻撃など、一般に考え付くものがほとんどだという。感染症も含まれていた。「新型コロナウイルスのような大規模なパンデミックまでは考えられていませんでしたが、過去の大会では平昌大会で、ノロウイルスの食中毒により大会のオペレーションの一部が止まることもあったので、そうした感染症のリスクは当然挙げられていました」(岡村氏)

ただし、リスクを洗い出すだけで完結するわけではない。「この活動の非常に大事なところは、継続した取り組みの中で思考を深めていくことです。局長会議は年に3回開いて、リスクレジスターを毎年見直していくのですが、事前に全ての局長とは1対1でヒアリングを行い、今進めている業務の中でどういう課題があって、どういうところがリスクの要因になっているのか、毎回話をしていくわけです。毎年、大会準備のフェーズが進んでいくごと、リスクも変わっていくわけですが、そうした活動の結果、少しずつ局長さんたちの思考も深まっていき、リスクをずっとモニターしていく活動が定着していきました」
 

現場のリスクは現場レベルで

FAレベルでのリスクの洗い出しは、実務者の方々との直接対話によって、議論を深めていった。戦略は経営層レベルと直接対話をしたのに対し、大会運営の機能は現場レベルで、さらに、会場運営は実務にあたる会場担当とそれぞれ目線を合わせて議論をすることで、それぞれに内在するリスクを自分たちで洗い出せる組織風土を定着させていった。岡村氏は「まずFAという縦の機能で準備をするというのがIOCのガイドで決められていること。最後には会場ごとのリスクを洗い出しますが、各会場にもそれぞれFAが存在しているため、最終的には縦と横のマトリックスでリスクを管理していくことになります」と説明する。
 

2019年4月までに会場リスクの洗い出しが終了

戦略的リスクのバージョン1が完成したのが2016年3月。この時点で一旦IOCに提出をし、そこからは毎年、継続的に戦略的リスク見直していくPDCAサイクルを展開していった。一方、FAごとのリスクの洗い出しが一通り終わったのが2017年8月、そして会場は2019年4月と、当初開催予定の1年前の時点までに終了した。
洗い出したリスクの数は、戦略的リスクが40程度。運営リスクは、全52FAから約350項目リストアップ。会場は、全会場でリスクセッションを開催して、一旦約550リスクを洗い出した上で集約し、特に重要度の高いリスク項目10個程度を会場リスクレジスターとした。基本的なやり方としてはモデル会場を決めて「洗い出したリスクレジスターを、他の会場にも横展開して、共通化できるものは共通化することで効率化を図った」という。台風・高潮、集中豪雨・落雷、猛暑、地震・津波、雑踏事故の5つを全会場に共通するリスク項目とした上で、各会場の特性(施設特性・競技特性・立地特性)を反映したリスク、例えば朝霞の射撃場のように、跳弾に含まれる鉛が環境に与えるリスクのように特殊なものもあるため、こうした会場ごとのリスクも加えていった。
 

ケーススタディで対応力高める

2017年12月に開催した第7回リスクマネジメント局長会議では、単にリスクを洗い出すだけでなくて、ケーススタディを取り入れて、対応策を検討する試みを始めた。

例えば、最大震度6弱・東京23区は震度5弱の地震が起きたケースについて。一旦ゲームを止め、会場の安全を確認するわけだが、その後、どのタイミングで再開を誰がどう決定するか。『ある会場からゲームを再開したいという連絡が来ましたが、どう判断しますか』ということをリスクマネジメント部が投げかけて、局長皆で議論してもらった。「スポーツ寄りの幹部の方は、それは当然すぐにでも再開させないとスケジュールが消化できなくなるという意見でしたし、別の幹部の方からは、余震があるかもしれないので拙速に再開させず、政府ともしっかり話をして対応しなくてはいけないなど、侃侃諤諤と、議論が行われました」

こうした活動を、毎回、ケーススタディとして取り入れながら、年3回行っていくことで、「次第に皆さんの認識が統一されていきました。こうした活動の成果は、最終的に大会運営におけるさまざまなインシデントに対する迅速な意思決定につながっていったと思います」と岡村氏は振り返る。

岡村氏をはじめとするリスクマネジメント部のメンバーは、大会運営期間中は、主にMOC(メイン・オペレーション・センター)と呼ばれる大会全般に関わる調整業務を行う機関や、会場ごとに配置されるVOC(べニュー・オペレーション・センター)に配置された。岡村氏はMOC統括部長となり、さまざまなリスクへの対処方針を決めるなどの対応にあたった。その中で感じたことが「リスクマネジメント局長会議で繰り返しケーススタディを実施してきたことが本当に役立った」ということだった。

無観客でかつ選手一人一人に対してまで感染対策が徹底された(写真:Shutterstock)