2015/05/25
誌面情報 vol49
2日目は、1日目と同じくホテル内の座学から始まった。まずは危機管理時におけるメディア対応。これは日本のものと若干違って興味深かった。「広報とは、良い評判を作り維持することが必要であり、この目標を達成するためにメディアと効果的に対話する必要がある」という目的部分や、テレビ、ラジオ、新聞などその形態に応じて適切に対処しなければいけないことなどの概略は一緒なのだが、最も異なるのは「残念ながら…」「…をお詫びします」「…は起こるべきではなかった」などの表現を避けるということ。日本と違い、海外ではメディア対応時の謝罪の言葉は訴訟時の判決に大きく影響する。日本の危機管理担当者が海外メディアと対峙する時は気をつけなければいけない観点かもしれない。

身代金誘拐と尋問への対応
続いて、「身代金誘拐における尋問への抵抗」講座に入る。この合宿のメインとも言える座学の1つだろう。訓練生にも、少し緊張の色が見える。
教官は冒頭、「誘拐は、非常にショッキングな出来事だ。それは当然のことで、軍で訓練を受けた人でさえショックを受ける。生き残るためには、考えを整理し、平静を保つことが必要」と話す。ではどのようにすれば平静さを保つことができるのだろうか。
まず、誘拐犯は人質を支配下に置くため、通常は襲撃の初期段階に最も暴力的になるという。裏を返せば、襲撃当初は人質として従順な 態度、協力的な姿勢を示せば誘拐犯を早くおとなしくすることができるのだ。コントロールする方とされる方の駆け引きは、この時から始まっている。
拘束されたら、なるべく動作を慎み、襲撃者の指示に従う。初めは狭い場所に監禁されるなど、ストレスをかけられるかもしれないが、じたばたせずに生還することに集中することが大事だ。そのためには拘束されてからの移動ルートや音、移動期間を思い浮かべるなど、今自分がどこにいるのか五感を働かせて推測することが効果的だ。
拘束中は、なるべく襲撃者の気をひかないような「目立たない人物」に徹する。仮病で弱々しく振舞えば、犯人の同情をひけるかもしれないという(ただし、「邪魔者」ととらえられると殺害されることもあるので注意が必要だ)。
呼吸を3回。平常心を取り戻す
拘束が長期間にわたる場合もある。その場合はまず、いつか必ず生還できると信じ、家に帰ったら何をするかのプランを練るなど、意識を別の方向に向けることが必要だ。また、運動などのルーティンを自分に課すことも有効だろう。
誘拐犯は、拘束者を尋問することが多いが、その時に協力的な姿勢は崩さないようにしながら、必要以上に自分の情報を与えないようにし、かつ犯人に「邪魔者」だと思われないようにする事が得策である。ただし、必要以上に黙秘したり嘘を言うと、身に危険が及ぶ可能性もあるので、注意が必要だ。
長期間にわたって拘束されている場合、間違っても誘拐犯に敵対することを考えてはいけない。脱出なども、最後の手段として考えた方がよく、原則としてはよほど有利な条件が整うまでは控えた方がいいだろう。素人が脱出を図って成功する確率は極めて低いとのことだ。大事なのは、冷静に平常心を保つことだ。
教官は「ハイストレスに置かれたら、まず3回深呼吸し、平常心を取り戻すことが最も大事だ。悪いことは考えず、解放された後の楽しい計画を練るなど、前向きなことを考えることでストレスを軽減するのが有効」としている。
ある生還者は、自分のマイホームをつくるのに必要な作業、例えばブロック塀を積み上げ、配管を工事し、細かい作業1つひとつを思い浮かべながら完成までの工程を何年もかけて思い浮かべ、心の冷静さを保ったという。ここでも大切なのは、拘束されても「絶対に家族の元に帰る」という強い意志だ。
この日の午後はセイフティ・ドライビングの実地訓練。車に乗っている時に襲撃された時の急ブレーキやターンなどのドライビングテクニックと、運転手が襲われた場合の逃走方法を学んだ。
Day3
無差別襲撃に対する理論と実践
最終日は、無差別襲撃に対する理論と実践。実際に日本人が巻き込まれる可能性が高いのは冒頭のパリやチュニジアの例をみるまでもなく、このパターンではないだろうか。無差別襲撃にはホテル爆破事故なども含む。

無差別襲撃で興味深かったのは、「日本人はナイフを向けられると反射的に両手を挙げ、財布を取り出す」が、ナイフを持った襲撃犯は金銭目的ではなく、殺害が目的の場合もある。両手を挙げたら殺されるだけ。ナイフを向けられた側としては逃げるか、逃げる隙を作るために立ち向かうかしかない。相手との距離を詰め、相手の手首をつかみ、下半身に攻撃をかけて相手の隙を作り出して逃げるなど、いくつかのパターンがあるという。実地訓練では、模擬ナイフを使用して実際にいくつかの型を習った。海外でナイフを突きつけられたら、それが金銭目的なのか、誘拐目的なのか、殺害目的なのか、よく見極めて行動しなければいけない。
その後は、外部にある施設を商業施設に見立て、「もし大規模商業施設に無差別銃撃犯が襲撃してきたら」を想定した訓練を実施。教官からは、部屋にあるものでのバリケードの作り方などを習った後、実際に襲撃者から逃げる訓練を行った。当初、訓練生は部屋内にバリケードを作り襲撃者から逃れる方法を取っていたが、実はこの訓練の目的は「脱出」にあった。1999年にアメリカのコロンバイン高校で発生した銃乱射事件では、凶暴な襲撃者が机の下など、人が隠れそうなところを執拗に攻撃した。殺人が目的の銃乱射事件では、「安全そうなところに隠れる」ことが正しいとは言えない場合がある。大規模商業施設など、人の多いところでの襲撃事件では、「外に逃げる」まずことが最優先課題なのだ。裏口の場所を確認するのはもちろんだが、例えばレストランなどでは通用口を持っていることが多いので、そこを目指すことも選択肢の1つだ。訓練生は数回にわたり模擬襲撃を受け、逃げおおせたり、時には失敗したりした。
こうして、3日間にわたる「ハイリスクエリア危機管理対応訓練」は幕を閉じた。考えてみれば、筆者のような危機管理に携わる記者でさえ、三日三晩に渡って海外出張時のリスクと有事の際に「人間の生死を分けること」について真剣に考えたことはなかった。また、一緒に訓練を受けたさまざまな職種で活躍される海外経験豊富なメンバーの方々には、日本にいては分からない貴重な示唆を数多くいただいた。それだけでも、今回の訓練に参加した意義は十分にあったと感じている。
個人の危機管理能力を高めろ!
安全サポート株式会社代表取締役 有坂錬成氏

「きっかけはアルジェリアの人質事件だった。なぜあれだけの日本人が殺されなければいけなかったのか、と言う口惜しい思いとともに、同様の場面で日本人が犠牲になる事を少しでも防ぐことができないかと考えるようになった」と話す有坂氏。
2013年に発生したアルジェリア人質事件では、アルカイダ系武装勢力の攻撃により計8カ国の外国人41人が人質となり、そのうち日本人10人が殺害された。国籍別では日本人が最も多かったという。また、1997年のルクソールで発生した無差別殺人でも、銃撃で日本人観光客10人が死亡。この時、他国の観光客は銃声が聞こえてから即座に避難を開始した人が多かったが、日本人観光客らはどうしていいかわからず、立ち止まっているところで被害にあったという。
有坂氏は、「戦後の平和な時代に生まれ育った我々日本人の危機管理能力が薄れるのは致し方なく、危険と常に隣り合わせの人々の反応とは違ってきている」と指摘する。
日本企業は、BCPやBCMで海外の危機管理に対して予防策や対処方法は充実してきているが、実際に危機に直面した時の訓練が欠けているという。安全サポートが主催する「ハイリスクエリア危機対応訓練」は、その部分に主にフォーカスをあて、銃を使用して実射体験を行うなど実地訓練が多い構成にしている。
例えば、ナイフをもった襲撃犯が襲ってきたらどうするかという訓練がある。日本人はナイフを持った人物が現れたら、両手を上げて財布を取り出すというマニュアルが一般的だが、相手は物盗りが目的とは限らない。殺害が目的であれば、両手をあげても殺されるのを待つだけだ。相手が何を欲しているかを理解し、危険を感じたらすぐさま逃げなければいけない。
有坂氏は、「この訓練は理屈ではなく、危機に対する感性や想像力を磨くようにしたかった。さまざまなセミナーや訓練があるが、3日間身を守ることだけを考える訓練はまだ国内で珍しいのでは」と話す。
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