2015/05/25
誌面情報 vol49
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この部分は日本で受ける一般的な安全講習と似ている。出血している人や倒れている人を見たら、まず自分の安全を確保し、適切な場所に移動する。その後、怪我人の気道を確保し、自発呼吸しているか確認することなどだ。しかしその後、この危機対応訓練ならではの講義に入る。すなわち、テロリストや強盗に遭遇した際に、銃で撃たれた場合の応急処置を学ぶことだ。

人間の体は、銃で撃たれると骨、筋肉、動脈、静脈、毛細血管の全てを傷つける可能性がある。また、弾が骨に当たると、上下左右に跳ね返る。銃弾が貫通した場合には、体に2つの穴ができる。通常は、弾が出る方の穴が大きくなるという。
撃たれた場合に大事なのは、とにかく血が流れ出さないように傷口を強く押さえ、止血することだ。特に動脈出血の場合は血の量が多くなり、2〜3分の間に意識不明に陥るという。貫通している場合は両方の穴をしっかり確認し、素早く、強く抑える。腹を撃たれた場合は、体をくの字に折り曲げると出血を少なくできることもある。失血を抑えるため、傷口は病院に着くまでしっかり押さえておく。出血を抑えるために当てていた布やハンカチなどは、医師が取り除くまで自分の判断でとってはいけないという。
You have the responsibility to go home to your family.
(あなたには家に帰る義務がある)
安全講習、応急手当講習を受けた後は、接近戦などの戦闘に関する講義だ。目的は、いかなる状況下にあっても生き延びること(間違っても相手に立ち向かって倒すことを推奨する講義ではないことを注記しておく)。そのためには、まず精神的に強くあることが要求される。「あなたには生きる権利がある。侵略者にそれを奪う権利はない」「あなたには家族の元に帰る義務がある」これらは危機が訪れたときの心構えだ。ユニークだったのは「銃で撃たれても生還できる」「ナイフで切られても生還できる」という文言。実際に教官の友人は何人も銃で撃たれて生還しているという。ナイフの傷であればその生還率はもっと高い。どんな目にあっても、決して諦めてはいけないという教官からのメッセージだ。
次は、手のひらによる相手への攻撃を学ぶ。腰をしっかりひねり、掌底で鼻、あご、のど、目、胸、腎臓など相手の急所を狙う。耳を狙うのも、相手のバランスを失わせることに有効だ。実戦で使うことはないにせよ、心構えとして知っておくと役立つ護身術といえる。しかし重ねて言うが、これは戦う訓練ではない。できるならば、相手の死角に逃げる、水をかける、ガラスを利用する、物を投げる。ありとあらゆる抵抗手段で、逃走経路を確保することが最重要だ。逃走する時には、ジグザグ方向に走ることで銃の命中率は低くなるという。もともと、動いている標的に銃はそう当たる物ではない。銃が最も正確に当たるのは4mから7m。攻撃者から10m以上の距離があれば射程距離外と考えていいだろう。とにかく一刻も早く、襲撃者から遠ざかることが大事だ。

続いて、銃を扱う際の理論講義に入る。まずは銃を扱う「利き手」を決める。これは通常の右利き、左利きと同じと考えていい。銃を持つ時から机の上に戻すまで、全て利き手で操作をおこなう。利き手以外を使うと、死につながる恐れがある。当たり前のことなのかもしれないが、銃を持たない日本国内では聞くことのできない講義だ。発砲姿勢についても、映画で見るような格好の良いものではなかった。腰を曲げ、尻を突きだす。必ず両手で持ち、肩と腕で2等辺3角形を作る。
その後、銃のマガジン(弾倉)の知識、銃器取り扱いの基本ルールなどを教わる。「銃口は常に安全な方向に」「発射準備ができるまでトリガーに指をかけない」など、初歩の知識だが、銃の本質を垣間見ることができるため、やはり知っておいたほうがいいだろう。銃は相手も自分も無邪気に傷つける「凶器」にほかならないのだ。

午後には、ホテルやトイレなどで襲撃された際の自己防衛理論を学んだ後、射撃場に行って銃の訓練を実施した。訓練場に着くと、乾いた爆音が響いている。日本では耳にすることがない音だ。先ほどの理論講義をざっとさらい、訓練生は緊張した面持ちで、銃を持つ。意外に銃を持つ人を見ていて危ないと感じるのは、人と話す時など無意識ではあるが銃口が気軽に左右に向いてしまうこと。安全装置がかかっているとはいえ、慣れなどが重なって油断が生じれば事故も増えるだろうと感じた。実際に、安全装置をかけ忘れたまま腰のホルスターに銃をしまおうとし、自分の太ももを撃ち抜いてしまう事故が多いという。また、弾丸を弾倉に込める作業も意外と重労働だ。弾丸がうまくはまっていなければ弾詰まりが発生し、弾を撃てないどころか暴発する危険性もある。実践でこれを素人が1人でやろうとすることは不可能に近いだろう。
また、実際に射撃訓練をしてみると、銃の威力もさることながら、弾丸は5m先の的にもなかなか当たらない。個人的な結論としては、例え事件に遭遇し、近くに銃が落ちていても、それを使って反撃しようなどとは思わない方が無難だろう。
長い1日も、銃の実射訓練とともに終了した。個人的にこの日の講習で学んだことを1つ挙げろと言われれば「銃を持った不審人物を見かけたら一目散に逃げろ。決して戦おうと考えてはいけない」ということになる。
Day2
メディア対応、誘拐された時の理論、セイフティドライブ
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