2015/03/25
誌面情報 vol48
特別寄稿 奥はる奈
今年2月20日に2年ぶりに首都直下地震帰宅困難者対策連絡調整会議が開催され、企業の協力を得やすくするために一時滞在施設の確保及び運営のガイドラインを改定しました。この改定によって帰宅困難者を受け入れる一時滞在施設は増えるのでしょうか。東京都の初代一時滞在施設開設アドバイザーを務めた奥はる奈がロンドンから緊急寄稿いたします。
■ガイドライン改定の背景
大規模な災害が発生した場合、混乱防止のため、帰宅困難者は3日間程度、むやみに徒歩で帰宅してはいけないこととなります。職場や学校にいる場合、その場に留まりますが、行楽客や買い物客などの行き場の無い帰宅困難者は、一時滞在施設というシェルターへ避難します。公共施設の多くは住民のための避難所にあてられるため、一時滞在施設の確保には、民間施設の協力が必要です。しかし、受け入れた帰宅困難者に事故が起きた場合、施設を管理する企業に法的責任が生じる可能性があることが理由で協力が得られないのではないかと懸念され、企業の免責を定める法整備を自治体や経済団体が要望していました。
■法整備での免責は困難?
この課題の解決に向けて、連絡調整会議は2年前の6月に、一時滞在施設の管理責任について話し合うワーキンググループを設置しました。連絡調整会議の前身である首都直下地震帰宅困難者対策協議会が、年間で最終報告書と15つのガイドラインを策定したのに比べ、今回のガイドラインの改定は2年も要しました。
ではそのガイドラインの改定の内容を見てみましょう。主な項目は3点です。
①安全点検のためのチェックリストの充実
国の「大規模地震発生直後における施設管理者等による建物の緊急点検に係る指針」に示しているチェックシートを参考に、(災害時には)企業において安全点検を実施
⇒これにより、専門家が不在でも建物の安全確認ができ、また、災害時にこの点検をしたということが、事故があったときの企業の抗弁の1つとなります。
②受入条件の提示と署名
帰宅困難者に対し、受入条件(施設内における事故等については、故意または重過失がなければ責任を負わない等)を承諾署名の上利用してもらう
⇒署名を拒否した場合、受け入れなくてもよいとされており、本人の承諾があったことは、事故があったときの企業の抗弁の1つとなります。
③行政の支援策
国や自治体は、事業者に損害等が発生した場合または発生するおそれがある場合には、積極的に協力して対応する。
①と②については、企業に責任がおよばないようにきめ細かく工夫していますので、安心される企業もあるかもしれません。③については、できれば精神論のようなものに留まらず、保険や共済などの具体的なシステムが欲しいところです。
一方企業の不安を払拭することができる法整備については、ガイドライン本文ではなく、別添参考資料の国の「施設管理者の損害賠償責任について」のところに「一時滞在施設において、例えば余震により天井が崩落するなど、建物に起因して帰宅困難者が損害を受けた場合、施設管理者に賠償責任が生じる場合も考えられるが、これを法制度で一律に免責とすることは現状では民法上の被災者保護の観点から困難である」とされています。素直に読めば、法整備で企業の免責を定めることはできないように思えます。
ところで、連絡調整会議の資料に自治体と経済団体が行った企業へのアンケートがあり、どちらも帰宅困難者を受け入れない理由のトップが「スペースの不足」、次が「帰宅困難者向けの備蓄品の用意がない」でした。設問の関係もあるでしょうが、管理責任を挙げた企業は見られませんでした。となれば管理責任の問題よりも、スペース不足への総合的な対策や、備蓄品購入への支援の強化、既存の支援制度のPRについて優先して考えるべきですが、連絡調整会議ではどのような議論がされたのでしょうか。
■現場の悲痛な叫び
企業に対する一時滞在施設の勧誘は、区や市町村が行います。今回の連絡調整会議では、帰宅困難者が最も多く発生することが懸念される地区の1つである新宿区から衝撃的な数字が公開されました。新宿駅周辺では一時滞在施設が約5万人分必要なところ、現状では1万人余しか確保できていないということです。つまり、大きな地震が発生すれば約4万人が行き場を失うことになります。しかも民間施設の協力による滞在可能人数は1600人という結果です。会議の資料は国のHPで公開されています。ターミナル駅周辺は災害時には危険なところという印象を与えかねないにもかかわらず公表したのは、なかなか一時滞在施設が確保できないという現場の悲痛な叫びに思えました。新宿区では、官民の協定という従来の方法に加え、企業の負担感がより少ないエリア全体で緩やかな合意形成を目指すとしています。また、逆に、会議には参加していないある自治体では、企業に対し帰宅困難者の受け入れを条例で義務化しようとする動きもあります。
■ロンドンオリンピックでは
ガイドラインには、「2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されることから、国内外の観光客や外国人を想定した対策が急務である」という文章が加えられました。ではロンドンオリンピックではどうだったのでしょうか。
ロンドンオリンピックで最も懸念されたリスクは、英国の交通インフラが脆弱なため、多数の観光客が押し寄せ、混乱により交通機関が長期間止まることでした。この点は帰宅困難者対策に似ています。そのため、英国政府は、ODA(政府のオリンピック運営局)などの関係機関に対し、民間企業向けのビジネス継続のための小冊子を作ることを指示し、配布しました。地方政府では、東京都庁に相当するGLA(Greater London Authority:大ロンドン庁)が、特別区、警察、消防、インフラ企業などのメンバーを集めた「ロンドンレジリエンス」という会議を、数年に一度ではなく、日常的に開催し、メンバー間の連絡・調整を実施しました。そして、3カ月に1回、50もの機関が参加した訓練も行われ、各機関の計画を検証しました。英国の方が徹底した対策をとっているように思えます。
また、企業の多くが、前述の小冊子を参考に期間中へのリスクに備えた事業継続計画を策定しました。リスク対策.comのvol.32では、ロンドン市内の防災グッズ専門店を紹介し、オリンピックが近づき、普段、災害の準備をしていない企業が、食糧の備蓄に取り組んでいるという話も紹介されています。
もともと、英国は危機管理意識の高いお国柄ですが、オリンピックの開催方法などを大きく変えるわけにはいきません。まして東京・横浜は自然災害のリスクが世界で一番高いと、スイスの民間再保険会社から指摘されています。2020年に向けて、帰宅困難者対策に限らずオリンピック期間中のあらゆるリスクへの備えを官民問わず取り組んでほしいと思います。
■一時滞在施設の確保に必要なものとは
京都市では、114個所もの一時滞在施設を確保した上に、施設の名称を公表しています。加えて、多言語の常設看板やWi-Fiなどにより、外国人を含む帰宅困難者を一時滞在施設に誘導する体制が準備されています。そのことを知り、私は昨年2月に京都へ取材に行きました。どうしてそのようなことができるのか。それは企業などを集めた会議で、著名な寺院が、地震が起きた時は帰宅困難者を国宝級の宝物がある施設に受け入れると表明し、その心意気に感動し、その場の全員が一時滞在施設を受け入れよう、と空気が変わったということです。また、京都はおもてなしを大事にする国際観光都市であり、海外から来たお客様を施設から追い出すようなことをすれば、二度と来てもらえないという危機感もありました。京都が世界の観光ランキング1位に選ばれたのは、災害時の対応も含めてのことではないでしょうか。
最近、「日本のきめ細やかなおもてなしをアピールして海外からの観光客を呼び込み、インバウンド消費を取り込む!」という景気の良い話が聞こえてきますが、京都のように、災害時にお客様を守る準備をすることこそが真のおもてなしとはいえないでしょうか。
今回、関係者が真剣に検討し、ガイドラインが改定されました。今一度、皆さまが、東日本大震災時のことを思い起こし、社会全体で取り組む帰宅困難者対策の重要性を改めて噛みしめてほしいと切に願っています。
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