2015/03/25
誌面情報 vol48
経年変化から見えてきた脅威
▶インタビュー マーシュブローカージャパン株式会社代表取締役会長 平賀暁氏

世界経済フォーラムが発行している『グローバルリスク報告書』2015年版がダボス会議の(世界経済フォーラム)に先駆け1月15日に発表された。今年で10年目を迎えた報告書には国家間紛争が最も重大なリスクとして位置付けられ、地政学的リスクがクローズアップされた。2008年から同報告書の日本語版を制作するマーシュブローカージャパン代表取締役会長の平賀暁氏に、2015年版の解説と企業が注視すべきリスク管理について聞いた。
Qグローバルリスク報告書2015年版の特徴について教えてください。
10年目を迎えた今年の報告書では、地政学的リスクが前面に打ち出されています。その1つ、国家間紛争はこれまでも登場していましたが、それほど影響が大きいリスクとは考えられてきませんでした。2014年版と2015年版のグローバルリスクを比較すると、発生可能性と世界に与える影響が共に大幅に上昇しています。近年では2013年にアルジェリアで英国の石油会社BPの天然ガスプラントが襲撃を受けましたし、シリアやイラクなどで活動するISISの台頭もあります。このように世相を反映しています。
今年の報告書では、世界を6つに分け、地域別にリスクをまとめています。東アジアは「国家間紛争リスク」のスコアが最も高く、「都市計画の失敗」がそれに続きます。東アジアの国家間紛争には中国や北朝鮮だけでなく日本も含まれていると考えて下さい。世界は、日本と中国の動向を注視しています。世界経済の主要プレイヤーである日本と中国がいがみあったら、その影響は甚大です。日本にいると気付きませんが、海外はこのように東アジアの地政学的リスクを見積もっているわけです。
海に囲まれ、国境を意識する機会の少ない日本人にとって地政学は最も不得意とする分野かもしれません。しかし、地政学的リスクを理解しないと企業は致命傷を負いかねません。例えば、開発が進むインドシナ半島に進出を考えるなら政治、文化、社会的背景が大きく異なるメコン川流域の中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの6カ国の動向にも注視しなくてはなりません。

Qリーマンショック以降の経済リスクは低下したと考えていいのでしょうか。
地政学的リスクの急伸が、単純に経済リスクの低下を意味しているわけではありません。全人口の5%未満である富裕層を中心に、本来なら影響が限定的だった金融システムが狂い、全世界に強烈な衝撃を与えたのがリーマンショックです。経済がトリガーとなり、世界に多大な被害を及ぼした例の1つです。ですから、グローバルリスクの10年を振り返ると2008年から2010年までは経済リスクがトップに君臨していました。
しかし、ここ1、2年で世界の様相が変わり、経済リスクそのものが注目されるのではなく、地政学的な覇権争いによって経済を脅かすリスクが上昇しています。リスクの見方として重要なのは、地政学的リスクにだけ注目するのではなく、波及して経済や金融にどれほどの多大な影響を与えるのか、それぞれの連関をつかむことです。留意すべき点は、被害の原因となっているリスクなのか、原因から結果的に派生したリスクなのか見極めることです。
Q報告書を読み解く上で注意する点は。
今年は地政学的リスクにスポットライトがあたっていますが、グローバルリスクで定義されている28のリスクは、被害額が最低でも約100億米ドル、日本円に換算すると1兆2000億円以上のリスクです。環境、社会、テクノロジーのリスクも含め、それぞれが重大な影響を引き起こしうるリスクですから見落とすと大変なことになります。

世界的影響だけでみると、トップリスクは水危機。これには洪水など過剰な水による被害から渇水のリスクまで含まれています。また、人間の体内の6割以上は水ですから、淡水の枯渇は死活問題。アフリカ、中近東とアジアの一部では淡水が足りないので人々は都市に移動します。しかし、都市には多くの人々を受け入れるインフラは整備されず、社会リスクである都市計画の失敗も引き起こします。リスクはこのように多面的に波及していきます。リスクの連関をみることでドミノ式に広がる影響のイメージを持つことが大切です。
国家間紛争と同様に感染症のリスクも昨年から急激に跳ね上がっています。これはエボラ出血熱の影響だと考えられます。リスクマップにプロットされた位置だけを見ると国家間紛争による地政学的リスクよりも低いですが、リスクの動きを追いながら変化の大きいリスクに目を向けるべきです。
また、昨年はサイバーリスクや抗生物質耐性菌、今年は合成生物や人工知能など、将来のテクノロジーリスクについても言及されています。新しい技術が新たなリスクを生み出しているわけです。
この報告書はマーシュ・アンド・マクレナン・カンパニーズ、チューリッヒ・インシュアランス・グループ、シンガポール国立大学、オックスフォード大学オックスフォード・マーティン・スクール、ペンシルバニア大学ウォートン校リスクマネジメント・アンド・デシジョンプロセス・センターが協力して、世界経済フォーラムのコミュニティである企業、政府、学界、NPOと国際機関のリーダー約900人のアンケートを元に作製しました。アンケートですから統計的で厳格なデータから導いているわけではありませんが、問題となるリスクを理解、共有して優先的に協力して対処するために重要な知見をもたらしてくれます。
Q企業はグローバルリスク報告書をどのように生かせばいいのでしょうか。
「グローバルリスク報告書は世界経済の問題だから自社には関係ない」と言う方もいるかもしれません。しかし、ここに挙げられている28のリスクについて、企業でどんな対策が可能か読み解くのも報告書の狙いです。まずは、リスクを単元的に見る。企業の特色や所在地によってどのリスクに注視すべきか異なります。
ポイントは、原因となるリスクなのか、結果として生じているリスクなのかを読み解くことです。結果として生じるリスクの対策ができても、原因となるリスクが残ったままなら本当のリスク対策とは言えません。もちろん地震のような自然災害の発生は抑えられませんが、耐震化や免震化は可能です。リスクの連関や増幅因子を抑え、より上流にあるリスクをとらえ抜本的な対策を施せるように報告書を活用してください。企業の海外進出に限らず、新規事業や商品開発を推進する上でも参考になるはずです。
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