HAPで本所防災館に訪れた時の様子(画像提供:HUMAX)

「どうやったら防災をもっと楽しくできるだろうか」というのは、企業のBCP担当者の代表的な悩みの1つだ。商業ビルの賃貸や映画館、飲食店などエンターテインメント産業を手広く営むヒューマックスグループは、2015年から帰宅困難者対策の一環として、居住する地域ごとに災害時に支援協力するチームとして「HAP(Humax Area Partnership)」を立ち上げ社員に対する防災の普及啓発に力を入れている。

危機管理カンファレンス(リスク対策.com主催)で講演するHUMAX総務部総務グループマネジャーの杉谷佳美氏

ヒューマックスグループの防災担当者は総務部総務グループマネジャー杉谷佳美氏。1995年の阪神・淡路大震災の時にPTA役員をしていたことから防災に関心を持ち、地域災害ボランティアとして活動するようになった。

その後2011年に東日本大震災が発生。ヒューマックスグループでもその年の秋に総合防災訓練を実施したが、「ヘルメットがやっと届いたところ、オフィスも雑然としていて机の下に物が置かれてもぐることもできないと、今考えたら大変な状況でした」と、当時を振り返る。

同社グループは約2850名のうち正社員は約450名で、約2400名はアルバイトだ。「みんなと一緒にどうしたら楽しく防災を考えられるのか。とりあえずできることから一歩ずつ始めていくしかないと思いました」(杉谷氏)

本社の移転を機に取り組みを加速。「まずは格好から入ってみた!」

帰宅困難者訓練の様子(画像提供:HUMAX)

その後、2012年に本社が東京オペラシティに移転。このころから、防災活動が加速化する。

オペラシティは2万人が働く巨大オフィスビルだが、防災の取り組みも非常に熱心で、「そこに乗る形で、防災の取り組みを強化しました」とする。

まず、ビルの避難訓練では自衛消防隊のビブスを揃え、ヘルメットには前と後ろに企業カラーである濃いピンクで社名を入れた。オペラシティの避難訓練には、そこで働く各事業所からおよそ1500人以上が参加する。

「後ろから見える目印がないと、同じようなヘルメットが多くて、迷子になってしまう可能性がありました。シールが貼ってあるヘルメットについて行けば、はぐれることはありません。小さいことですが、こんな工夫も訓練に参加しなければわかりませんでした」。

現在は年に2回のオペラシティの防災訓練時に、子会社の店舗も訓練を実施。ヒューマックスグループ総合防災訓練として定着している。また、同年から安否確認システムを導入。今でも毎月15日の15:00に訓練メールを配信している。

「毎月の訓練は多いという声もありますが、アルバイトの毎月の入退社がとても多いので、いざというときに一度も安否確認の訓練をしていない人が大勢出てしまいます」。

2013年からは従業員に対して普通救命資格取得を推奨し、有資格者は現在270人まで増えた。実際に救命活動を行って人命救助をした支配人も現れ、店舗に働く従業員には大きな意識付けになっているという。

HUMAXの防災オリジナルキャラクター。このイラストが現れると、防災のことについての発信だと分かる。(画像提供:HUMAX)

仲間とその家族の命を守る「HAP」

同社のユニークな防災の取り組みとして挙げられるのが「HAP (Humax Area Partnership)だ。これは、社員の現住所をもとに地域ごとにグループを結成。大規模災害時にお互いが支えあえる支援協力チームとした。そのミッションは「大規模災害時にすべての連絡手段がマヒした状態であっても、必要に応じて仲間同士で協力し、被害を最小限に抑え、仲間とその家族を守る」というもので、現在エリアごとに37チームが作られている。運営自体は社員の裁量に任されているものの、活動するチームには会社が積極的に応援するという。

まず、各チームから選ばれたリーダーに研修が行われた。本誌でもたびたび取り上げている「くじ引き演習(※)」を開催。「自分の周りで起こってほしくない」ことを挙げ、それに対する解決策を議論し共有したほか、チームビルディングの手法についてゲームなどを通じて探った。その後は、「HAPチーム研修」としてチームで防災について学んだ。ここでは450名の社員のうち290名が参加。社員の関心の高さがうかがえる。

※くじ引き演習の詳細はこちら
■訓練革命 コスト時間をかけず継続できる
「くじ引き箱」でリアルで実践的なBCM演習(株式会社ディスコ)
http://www.risktaisaku.com/articles/-/349

さらにユニークなのは、HAPチームの交流会が活発に行われている点だ。交流会では会社が懇親会費を一部負担し、ランチや夕食を通じて防災を語り合うという。居住地の方向が一緒のチームなので、万が一大地震が発生して交通機関が途絶した場合にはこのメンバーで一緒になって力を合わせて帰宅する可能性もある。

休日に家族を集めてバーベキュー大会を開催するチームもあり、「楽しむ防災」の1つの在り方といえるのではないだろうか。2016年には34チーム、194名が参加。社員のおよそ半分がHAPを通じて防災意識を高めている。「HAPはHAPPENINGが起きてもHAPPYに解決しよう!!と言う意味も込められています。社員の皆さんが、楽しんで防災について考えてられる場が、みんなの幸せにつながればと思っています」(杉谷氏)

担当者があきらめたら終わり

今年10月、HUMAX代表取締役の林祥隆氏より、社員あてに「HAPを活用した大規模災害復旧対策に関するお知らせ」と題したメッセージが発信された。​

「実は震災から6年半が経過し、HAPの活動も、だんだん参加率が下がってきてしまいました。そこで今年8月、防災の有識者を招いて『HAPの今後の展開を考える』と題した座談会を開催しました。力強いご意見をいただくことで、今後さらに活性化させるためのヒントをたくさんいただくことができました」(杉谷氏)​。

冒頭の林氏からの発信は、「これからもう一度、HAP活動を全社で盛り上げていこう!」というトップからの明確なメッセージだった。トップのコミットにより、これまで社員による自主的な参加で運営してきたHAPは災害時に活動する組織として生まれ変わることに決定。HAPのメンバーは緊急時の災害対策本部要員や立ち上げ要員、各事業所復旧要員や地域ボランティア要員などを担当することが明記された。

杉谷氏は最後に、今後のHAPの活動について「正式に業務として組織になったことで、通信手段を本格的に導入したり、付随する訓練・演習が増えたりと、やらなければならないことも多くなりました。正直、これまでも楽しいことだけではありませんでしたが、担当者があきらめたら、その会社(の防災活動)は終わりです。これからも担当者として、社員の皆さんの理解を得ながら、一緒に前に進もうと思っています」と語ってくれた。

(了)

リスク対策.com編集部 大越 聡