BCPとグローバル戦略

中澤 渡辺先生、特に企業活動やBCPという点で今懸念していることは。

渡辺 今起こっていることは自然災害と違い、供給だけでなく、需要も冷えている。全部が停滞している中で、政府はセーフティネットとして広く公平にお金をばら撒こうとしているが、経済回復のフェーズに入ったとき、本当にコアな企業はもう機能できない状態になっている可能性が非常に高い。存続が難しい企業は早く清算し、アセットを残る企業に寄せて救済することが必要。弁護士、税理士、会計士、銀行がチームになって査定し、経営者と合意をとって迅速に進める。そうすることで、セーフティネットでばら撒く金額も減り、本当にコアな企業を残し、雇用も守れる。もう一つ気になることは、海外進出企業の日本回帰に対して政府が支援するということ。もちろん、海外に寄り過ぎた部分は国内に戻す必要があるが、現地に市場があるものまでを戻してしまうとマーケットもビジネスもなくなる。一度撤退してしまうとスイッチングコストが非常に高く、現地で失業も生じてしまう。外交面を含めて調整し、戦略的に何を戻すかを判断する必要がある。例えば、マスクは医療、健康、衛生の安全保障の観点から、日本で持っておくべきものは一部回帰させたり既存国内設備を増強するなどして、輸出モードにしていく。普段は輸出をして、何かあったときに輸出を止めて内国に回していく。戦略的なトリアージが必要だ。

渡辺氏

秋冨 今の日本は医療備蓄が非常に弱いため、全部買い上げる勢いで国内生産ラインを整備する必要があるのではないか。医療資源は国家安全保障の要になる。海外に委託してしまうと、全ての現場で足りなくなる可能性が出てくる。感染防護機材が足りないため医療現場ではCOVID-19 が確定しない限り、通常対応を余儀なくさせられている。その結果、感染拡大のリスクが増大する。いわゆるCBRNE※1災害に対する備蓄は不可欠だ。国内生産で賄えるまで、国家安全保障の枠組みでやるべき。備蓄に余裕ができたら、世界各国に対して日本製品で支援するべきだ。

(※1) CBRNE災害:C(Chemical:化学的な)、B(Biological:生物学的な)、R(Radiological:放射線学の)、N(Nuclear:核の)、E(Explosive:爆発性の)の頭文字をつなげたもので“シーバーン”と発音


中澤 中国から撤退したら、中国がいち早く回復して、政治的にも優れたリーダーシップが評価され国力を増すことも想定できる。本来、何を国内で作るべき
で、何を海外で作るべきなのかという「戦略的トリアージ」が、今まであまりにもできていなかった。


河本 医療用具というのは、器具でなく武器。アメリカの安全保障の専門家は9.11後、日本に対して「日米安保があるからといって、CBRNEが起こったときにアメリカをあてにしないでくれ」と言った。それがまさに今起こっている。マスクは武器と同じように考えないといけない。安全保障に関わるものは、コストを度外視しても自国で作らなければいけない。


中澤 リソースの枯渇、複合災害、あるいは経済の崩壊を避けることを考えなければならない中で、危機管理という側面での課題について、熊丸さんの考えは。

熊丸 新型コロナ感染が遅かれ早かれ終息した時、何の教訓も残さないことは非常に大きなリスクだ。アフター・アクション・レビュー(AAR=After Action Review)をしっかりやり、資源や備蓄の問題も包括的に検証して、次に備えるという体制を作れるかどうかが一番大きな課題。それが今まで日本ができていなかったこと。非常に危惧している。

(続く)

本記事は、BCPリーダーズ5月号に掲載した内容を連載で紹介していきます。
https://bcp.official.ec/items/28726465

パネリスト

日本大学危機管理学部教授 河本志朗 氏:1976年同志社大学経済学部卒業後、山口県警察官拝命。 1991年から外務省出向、1994年から警察庁警備局勤務を経て、1997年から公益財団法人公共政策調査会第二研究室長として、国際テロリズム、テロ対策、危機管理などを研究。 2015年4月から日本大学総合科学研究所教授
名古屋工業大学教授 渡辺研司 氏:1986年京都大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。プライスウォーターハウス・クーパースを経て2003年より長岡技
術科学大学助教授、2010 年より現職。内閣官房、内閣府、経済産業省、国土交通省他の専門委員会委員、ISO/TC292(セキュリティ&レジリエンス)エキスパートなどを務める
防衛医科大学校准教授 秋冨慎司 氏:2003年千里救命急センターチーフレジデント。 2006年済生会滋賀県救命救急センター医長。 その後、東京大学救急部集中治療部、岩手医科大学附属病院を経て2015年より現職。 福知山線脱線事故、岩手宮城内陸地震、東日本大震災など数多くの災害現場で医療活動の陣頭指揮を執った
日本政策投資銀行サステナビリティ企画部 BCM格付主幹 兼経営企画部 蛭間芳樹 氏:2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業(修士)、同年株式会社日本政策投資銀行入行。専門は社会基盤学と金融とサッカー。公益財団法人日本ユースリーダー協会若者力大賞2012受賞、世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダー2015選出、内閣府「事業継続ガイドライン第3版」委員、国交省「広域バックアップ専門部会」委員など内外の政府関係、民間、大学の公職多
数株式会社日本防災デザインCTO 熊丸由布治 氏:1980年在日米陸軍消防署に入隊、2006年日本人初の在日米陸軍消防本部統合消防次長に就任。3・11では米
軍が展開した「トモダチ作戦」で後方支援業務を担当。原子力総合防災訓練外部評価員、国際医療福祉大学大学院非常勤講師、(一社)ふくしま総合災害対応訓練機構プログラム運営開発委員長等の役職を歴任。著作に「311以後の日本の危機管理を問う」、オクラホマ州立大学国際消防訓練協会出版部発行「消防業務エッセンシャルズ第6改訂版」、「危険物・テロ災害初動対応ガイドブック」
重松製作所社長付主任研究員 兼営業担当専務付主任部員濱田昌彦 氏:元陸上自衛隊化学学校副校長、陸将補。昭和31年、山口県生まれ。陸自入隊後、陸上幕僚監部化学室長、オランダ防衛駐在官などを歴任。約30年、化学科職種で化学兵器防護や放射線防護分野に従事。オランダ防衛駐在官時代には化学兵器禁止機関(OPCW)日本代表団長代行を務めた。退官後は重松製作所で主任研究員に就く。著書に『最大の脅威 CBRN(シーバーン)
に備えよ!』(イカロス出版)