「緑のダム」の歴史的考察~その3:森林の水源涵養力は迷信?~
今こそ総合的森林政策を実践する時

高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2017/05/29
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
森林の水源地涵養機能(緑のダム)に関する専門家や研究会などの見解を確認しておきたい。「緑のダム」を学術的に研究してきた学者や研究者は、自己の研究対象を「緑のダム」とのあいまいで情緒的な言葉で表現することを好まなかった。林学界の長老・四手井綱英(しでい・つなひで)氏の論は明快である。(以下肩書は図書・論文発表時)。氏は森林生態学者で、京都大学名誉教授。「里山」の提唱者で知られる。「森の人 四手井綱英の九十年」(森まゆみ)から引用する。
「森林が荒れると必ず気象災害が起こる。明治の末期から大正の初めにも台風害などの気象災害が起こった。これは日清、日露戦争で軍需用材をメチャクチャ切ったからです。それで大正の初期に国は大々的に植林をした。民間もそれにつられて木を植える。面白いことに太平洋戦争の後も同じでした。災害が集中しまして、これは山が荒れたからだと植林する。造林学もそれで盛んになった。山を荒らすものは必ず仕返しを受ける。山の神を怒らすからね。むかしは山の神のたたりだといっていました」
<問い>:「森は材木を生産するばかりでなく、風害や火事を防ぐほか保水力も森の大きな効用だといわれていますが」
<答え>:「それはまちがいです。森についていろんなまちがいがはびこっていますが、特にその大きな一つです。森には水源涵養力があると。つまり、降った雨を保って、むやみな洪水を防ぎ、一方それを徐々に地下水にかえ、沢の水のようなきれいな山にして人をうるおし、川をうるおす。川の水量を確保する、というわけですね。それはとてもきれいな単純な話です。森に雨が降る。そのうち大きい穴を通って下にしみ込んで地中水、地下水となり河川へ流れ出すのを重力水といいます。もう一つは土が吸う、また地表から蒸発する、これを毛管水といいます。これがまた絞り込まれて川に入るなんていう人がいるらしいけど、誰が絞り出すわけ?(笑)。降った雨がすべて川へ流れると考えるのはあやまりです。木はずいぶん水を使うんです。生きているんですから」
「それから保水力、森があれば洪水が起こらないように単純にいう人がいる。しかし、あまり森を過信しないでもらいたい(笑)。なぜ水源涵養力なんて迷信がはびこるかといいますと、はげ山からは雨が降ると下流にどっと水が流れるが、雨が降らないと枯れ川にかわる。一方、樹に覆われた山からは常時、安定的に川に水が流れているように見えるからじゃないかと思う。しかし、これは『ように見える』だけであって、要するに川床のちがいなんですね。はげ山の場合は表土侵食がはげしくて、それが流されて下流の河川敷にたまり、いかにも一見枯れ川にみえるんです」
氏は「森林III」でも指摘する。「森林所有者や林業者は森林の洪水防御効果を過信しているようだが、私は日本の長雨と豪雨では森林の効果は信じないほうが良いとさえ考えている。洪水防止どころか、森林の崩壊が心配だ」
宇都宮大学農学部名誉教授藤原信氏は「緑のダム」効果を高く評価し「ダム否定(または不要)」論を訴える。氏の著作「なぜダムはいらないか」から引用する。
「ダムが河川環境を破壊し、生態系に大きな影響を及ぼすことが指摘されるようになり、人工のダムに頼るよりは、森林を整備して”緑のダム”としての機能を発揮させるべきであるという声が大きくなっている。人工のダムの寿命は数十年、長くても100年と言われている。コンクリートが劣化すれば補修費がかさむ。堆砂が進めばダムとしての機能を失う。堆砂の除去にも多額な費用がかかる。堆砂は海岸線の後退を招いている」
「『森林は中小洪水においては洪水緩和機能を発揮する』という前提に立てば、計画中のダムのほとんどは中止すべきであり、現在あるダムでも、不必要なダムは撤去し、河川環境を自然に戻すべきではないだろうか。周辺の森林整備を進めれば、数十年後には自然はよみがえり、立派に洪水緩和機能を発揮する”緑のダム”を、子や孫に贈ることができるだろう。超洪水対策については、100年確率の降雨に備え得るような遊水地を確保するとともに、ハザードマップの整備、非常時における緊急避難的な水田貯留など、洪水と共生できるような体制を整える必要がある。渇水対策としては、常日頃から水の大切さを訴えるとともに、万全の節水対策を用意する。いま、全国の森林の荒廃が憂慮されている。このまま放置すれば、森林土壌は流亡し、森林の持つ保水力も低下する恐れがある。手入れの遅れている森林の整備こそ、まさに急務であると思う」。
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方