計画から半世紀余、3年後の完成に向けて急ピッチで建設中の八ッ場ダム(群馬県長野原町、提供:高崎氏)

「緑のダム」にうかがえる対立軸

「緑のダム」(築地書館)には「緑のダム」の保水力や洪水緩和などについて支持派・懐疑派・否定派などの学者、行政担当者、ジャーナリスト、民間活動家らが投稿しており対立軸が浮き彫りにされている。同書の「はじめに」では「あくまでも学術的立場から、中立・公平な情報を整理・提供しようと努力した」とある。代表的見解を紹介する。

○東京大学・鈴木雅一教授は「『緑のダム』研究はどこまで進んだか」の中で指摘する。「『緑のダム』は洪水防止にも働いているわけだが、こちらも流出量の大きさだけでなく対処すべき防災水準とのかかわりのなかで評価することは必要である。安全性をどこまでも高めようとするなら、森林の働きという自然に任せるだけではすまなくなるのは当然であろう。一般的にいうなら『社会が要求する水需要と防災水準が地域的、時間的に変化する中で、森林の効果とその限界も変化する』という見方も必要となっていると考えられる」。

○筑波大学・恩田裕一助教授は「森林の荒廃は洪水や河川環境にどう影響しているか」の中で森林荒廃を憂えて言う。「日本では森林の40%以上が人工林となっており、水資源は人工林からの水流出に大きく依存しているとともに、人工林が洪水発生に及ぼす影響も無視できなくなっている。このような人工林の管理不適や間伐遅れにともなう林地の荒廃に対しては、林野庁も『緊急間伐総合対策』を行って対応しているが、面積的にはいまだ十分とはいえないのが現状である。また近年、『水源税』という形で、上流の森林管理費用を下流域の住民に負担させようという趨勢もあるものの、現状では税金が水源涵養のために有効に使われているかについて評価することが難しいのである」。

○京都大学・宝馨(たから・かおる)教授は「流域全体から『緑のダム』の治水効果を見る」の中で「緑のダム」の限界を指摘する。「『緑のダム』という言葉がいかにも環境保全の万能薬のように用いられている現状を憂慮している。政治的なプロパガンダに利用されている側面がないともいえない。わが国は、森林の面積は十分にある。ただし、森林の手入れが行き届いていないことは確かであろう。山林の土壌の発達が損なわれ、保水能力が低くなっているところも多数あるであろう。それらをすべて良好な山林に整備することは大歓迎である。この観点からは、『緑のダム』の実現は大賛成である。しかしながら、良好な山林に整備し尽くしたとしても、治水の観点からは限界があることに留意しなければならない」

○広島大学・中根周歩(なかね・かねゆき)教授は「緑のダム」による治水効果を評価し「ダム代替案」を展開する。「『緑のダム』機能をどう評価するか」で言う。「森林の伐採、人工林化、人工林の成長、人工林の適正間伐が森林の表層土壌の浸透能を変え、これが『緑のダム』としての森林の洪水抑制機能に少なからず影響する。その意味で、河川流量、特に問題となる洪水時のピーク流量が流域の森林の状況によって大きく影響を受ける」

「緑のダム」との言葉は科学的ではないが、科学ではとらえられない森や河川の文化的ニュアンスを表現しており捨てがたい、との森林水文学者の声も聞いた。改正された森林法の中で、森林は機能別に「水土保全林」「森林と人との共生林」「資源の循環利用林」の3つに分類され、その機能に適した管理・利用方法の方針が定められた。どうやら「緑のダム」は洪水防御には限界があると言えそうだ。森林と河川の行政や学術レベルでの共同の研究・対策構築、それに産業振興や地域活性化も含めた総合的森林政策を実践する時はすでに到来しているのだが…。

参考文献:「緑のダム」(蔵治光一郎、保屋野初子、編著)「森林I~III』(四手井綱英)「森と水のサイエンス」((社)日本林業技術協会)

(つづく)